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2015年10 月18日 (日)

『ONE PIECE』論(初出『新日本人論』) このエントリーをはてなブックマークに追加

「海賊王に!!! おれはなる!!!!」と言ったのはモンキー・D・ルフィだが、「海道一の大親分に!!! おれはなる!!!」と言ったのは、清水次郎長である。初めて『ONE PIECE』全巻を一気に読んだとき、真っ先に頭に浮かんだのは、子どもの頃に父からカセットテープを譲り受け、何度も繰り返し聞いた浪曲師2代目広沢虎造の次郎長一家の物語だった。


 移動の自由すらなくまだ身分制度が固定された時代に、自由気ままに旅から旅へと流れ歩いた渡世人=博打打ち集団は、ワンピースの世界で言う海賊のような存在だ。そして、大政、小政、豚松に石松と少数精鋭の個性的なばくち打ちたちのキャラクターが魅力の清水一家は、ルフィ、ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、チョッパーらのルフィ一味のようである。ちなみに、主人公のルフィは次郎長ではなく、『次郎長伝』の最も愛すべき存在、喧嘩が強くて馬鹿正直で義理堅い森の石松だろう。


「次郎長伝」は、戦前の日本で最も人気のあった、今で言えばまさにONE PIECEのようなコンテンツだった。当時のナンバーワン浪曲師広沢虎造が次郎長の演目をやるときは、近所の風呂屋は空になったという。戦前の1930年代は大衆消費社会の始まりの時期。戦前と現代の最高のエンターテイメント作品の間には、意外と接点は多いのだ。


 1997年に『週刊少年ジャンプ』にて連載が始まり、今年(*2013年当時)で16年目に突入。コミックスの通算売り上げは、2億8000万部という、出版不況と呼ばれる昨今の事情を軽く吹っ飛ばすONE PIECEの人気の秘密を、この作品を読んだことのない人たちにもわかるように考察するというのが、本稿のミッションである。

■ヤンキー漫画とONE PIECE

 ONE PIECEは、麦わら帽子に短パンの主人公ルフィが仲間を集め、海賊船に乗って宝探しに出かける物語だ。海賊王ゴールド・ロジャーが、死に際に「ONE PIECE」と呼ばれる、富、名声、力をひとつなぎにする「宝」の存在を示し、そこから世界は大海賊時代を迎え、海賊たちが暴れ回る世界がやってくる。

 さて、過去のあらゆる漫画の中で、最も売れている人気作品ONE PIECEだが、決して万人に愛されている作品ではない。好きな人は好き、嫌いな人は嫌いと、はっきり評価が分かれるところがある。その分断のポイントははっきりしている。

 お笑い芸人で大学講師でもあるサンキュータツオによると、この作品のファン層とは、「ワンピースを卒業したらEXILEに流れるような人たち」なのだという。自身がアニメオタクである彼は、1人で世界と向き合う『エヴァンゲリオン』には共感するが、仲間と一緒に世界を旅するONE PIECEには乗れない派だ。同じ立場を示すのが、アニメオタクのタレントの原田まりる。彼女は「友だちのいなかった私には理解できない世界」がワンピースだという。ONE PIECEは、おたく層とは相性が悪いのだ。

 精神分析医の斎藤環もこれに近い見解を示す。斎藤は、ONE PIECEの人気とは、「“ヤンキーの1人も出てこないヤンキー漫画”を極めた」ところにあると考えているという(『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』)。一見、海賊が登場するファンタジーの世界のようだが、登場人物たちの行動原理や美学は、反知性主義、積極行動主義に代表されるヤンキー的なものとして説明できる。読んでいる層は、基本的にはそれを受け入れられる層ということだ。

 漫画評論家の紙屋高雪も、バトルを物語の中心としながら主人公が強くなる過程を描かないONE PIECEは、ヤンキー漫画であると指摘している。『ドラゴンボール』の孫悟空は、修行で自らの戦闘力を向上させていく。だが、ヤンキー漫画で登場人物の喧嘩の強さは、気合いや根性といった「非科学的要素」で決定づけられるのだ。ONE PIECEは、後者であるというのが、紙屋の主張だ。

 このようにワンピースの影、もしくは根っこにある「ヤンキー性」を、多くの論者が指摘しているのだ。そうとわかれば、ONE PIECEがこれだけ売れるのは納得できる。ヤンキーは、一部のマニアの集合体であるおたくマーケットと違って、一枚岩に近い巨大なマスマーケットだ。浜崎あゆみもTSUTAYA書店もケータイ小説もドンキホーテもディズニーランドも木村拓哉もJポップのレゲエカバーCDも『○型自分の説明書』もエルグランドもラウンドワンも、基本的にはこの国のもっともマジョリティ=ヤンキー的消費層によって消費されているヒット商品である。

 確かに、ヤンキーと仲間というマッチングはしっくりとくる。ルフィたち海賊が「仲間」を重視するのは、暴走族を形成したり地域の祭りで盛り上がるヤンキー的な世界の特徴とよく似ている。次郎長一家のような渡世人の世界でも、仲間は重視される。親兄弟の杯を交わすというシステムは、仲間を家族レベルに強化するための仕組みである。海賊も渡世人も、境界的存在であり、国家権力によって守られない存在。仲間との絆とは、敵の多い世界で身を守る術、つまり安全保障上の理由によるものなのだろう。

■ONE PIECEの組織論

 もうひとつ、ワンピース論でよく言われるのが、その組織の在り方についてだ。
 会社員にありがちなことだが、組織の一員であることが目的化すると、個々の意欲や仕事の質は低下する。だが、個々に目的を持って組織に参加しているルフィたちにそれはない。ルフィの目的は、海賊王になることだが、ゾロは世界一の剣豪になる夢を適えるプロセスとして、ルフィの仲間になっているし、ナミは、世界中の海の海図をつくるために海賊の仲間になっている。個々に意思決定を行うリーダーなしでも動ける「ヒトデ」的な組織体。ワンピースを組織論として語ると、だいたいこんなところだろう。
 以上で分析終了。というのでは、他人のふんどしで相撲を取ったに過ぎない。ここからは、もう少しだけその「支持される理由」について掘り下げてみた。

 ONE PIECEは、少年マンガの王道という評価がされることが多い。夢と友情で結ばれた主人公とその仲間たちが、敵を次々とやっつけていくという部分を観れば、確かにそうだ。だが、僕が本作に見いだしたおもしろかった部分とは、主人公と仲間たちではなかった。むしろ興味深かったのはむしろ敵の描かれ方だ。
 一見、種族・能力として強い敵を次々と描いているようにも見えるが、『ドラゴンボール』が、ナメック星人やサイヤ人といったように、種族として敵の強さのインフレを起こしていったのとは違う。ONE PIECEにおける敵は、組織の構造として強くなっていくのだ。


■ONE PIECEの敵に見る権力の派生の仕方

 

 ONE PIECEに登場する敵たちは、とても研究のしがいがありそうだ。
 犯罪会社のバロックワークスは、国境に縛られない現代の多国籍企業のような存在だ。幹部社員同士は顔も知らないという秘密主義は、部署が違えば何のプロジェクトなのかすら知らされないアップルのようだ。アップルは、スティーブ・ジョブズの辣腕ぶりだけが喧伝されるが、アップルが本当に独創的な製品を作り続ける理由は、実はこの秘密主義で結合された組織の部分が大きい。互いにやっていることを知らないからこそレベルの高い競争が生まれるのだ。

 そして、日常は平凡な人間の皮を被り、裏で権力を組織して、恐怖政治を行う海賊執事のキャプテン・クロ。彼の権力の掌握の仕方は、姿を隠してクメールルージュを組織した、カンボジアの独裁者ポル・ポトを連想させる。

 個人的に気に入った権力の在り方は、物語の前半に出てくる敵の「半漁人アーロン族」と王の座を捨てて海賊化した「ワポル」である。

 前者は、半漁人という種族としての優位性を持ちながらも、世界中の海を海図としてマッピングすることで権力の座を得ようとする組織である。いわばGoogleがマップサービスをもって世界政府化していく様子に似ている。

 後者は、国中の医者を追放し、政府お抱えの20人の医師「イッシー20」を組織化するワポルという権力者が統治する島のお話。人々は、国に忠誠を誓わないと医者にもかかれないのだのだ。実社会の国民皆保険制度はセイフティネットと考えられているが、考えてみればこれは医療の国家的独占をもって行う統治である。そんな具合に権力の在り方をついつい考えさせられてしまう。

 ルフィたちが戦うのは、単なる敵のグループではなく、こうした権力の掌握術や組織論に一家言を持つリーダーが生み出した権力による構造物である。それを、権力を掌握しないリーダー(ルフィ)によってつくられた組織(ルフィ一味)が、次々と撃破する痛快さこそが、この物語の人気の最大の理由なのではないだろうか。

 ワンピースの作者、尾田栄一郎は、決して王道マンガ家ではない。むしろ、変態的までの権力マニアだ。権力の現れ方、人民の掌握術などをかぎつける才能がすごい。彼がマンガ家になったからワンピースは生まれたが、別の職業に進んでいたらと想像すると恐ろしくもある。権力を批判するジャーナリストになっていたかもしれないけど、恐ろしい独裁者にもなれるかもしれない。もしくは、ブラック企業の経営者とか。
 そう、話は変わるが、「ブラック企業」なんて言い方もされるように、実際の社会において、身近な人を縛り付ける権力の主体とは会社である。非正規社員だの派遣社員だのと、働く側にとっては都合の悪いあれこれが押しつけられ、いつの間にか望んでもいないのに、僕らは悪の海賊一味の下っ端のような存在になってしまっている。

 現代の会社員たちは、モチベーションのほとんどを「生活のため」という目的に向けて働いている。だからこそ、「目的のため」「仲間のため」というモチベーションで動く、自由なルフィたちにあこがれるのだろう。

 

■現代のゴーイングメリー号?

 

 ピースボートというものを知っているだろうか? 「それまでの生活を抜け出したい」「何かを変えたかった」「自分を見つめ直す」または「世界を平和にする」などという「目的」を持った若者たちが集まって船で旅をするのがピースボートである。言ってみればピースボートは、現実社会のゴーイングメリー号(ルフィたちの海賊船。途中で壊れる)だ。


 社会学者の古市憲寿は、このピースボートに搭乗した海賊の一人である(かなり弱そうではあるが)。彼の書いた『希望難民ご一行様』という本は、その航海記なのだが、そこでの観察によると、ピースボートに乗る若者たちは船の旅の途中で夢(目的)への関心が薄まっていくのだという。それは、船の中で過ごす仲間との時間の楽しさの方が優先されるからだ。

 乗船者の多くは、そこで得た仲間と、旅の後も関係を維持して、当初抱いていた「目的」を忘れて、意識が低いまま生きていくという。つまり、仲間といると楽しいという「共同性」が「目的性」を冷却してしまうのだ。

 だけど、それも悪くないじゃないかというのが、古市の主張である。現実の日本においては、富や権力をひとつなぎにする宝=ワンピースは、先行世代の中高年層に独占されている。そんな何も持たない世代にとっての唯一の有効な武器、というよりも生活インフラに近い存在が「仲間」である。

 すでに強者と呼ばれる海賊たちが「偉大なる航路」に進出する中、若くて経験のないルフィたちは、後続者としてあとからその海域に向かわざるを得ない。彼らが航路を突破するために使えるのは、仲間という武器だけ。その構図は、現代の若者と同じなのだ。

「仲間」が、現代社会でかつて以上に価値を持ち始めている。ワンピースが流行るのは、そんな社会の姿と関係しているのかもしれない。

初出『新日本人論』(2013年12月刊 ヴィレッジブックス)


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