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2013年6 月 8日 (土)

非正規雇用時代のOLソング このエントリーをはてなブックマークに追加

1990年代に活躍し、OLという特定層からの支持を受けていた歌手に広瀬香美と古内東子という2人のシンガーソングライターが存在します。広瀬香美、古内東子の代表曲の歌詞をのぞき見すると、同じOLでもそのメンタリティは違うのがわかります。その違いを、90年代のどこかで起こった、労働環境の変化の痕跡が見えるような気がします。


  勇気と愛が世界を救う 絶対いつか出会えるはずなの
  沈む夕日に淋しく一人 こぶし握りしめる私
  週二日 しかもフレックス 相手はどこにでもいるんだから
  今夜飲み会 期待している 友達の友達に
  『ロマンスの神様』作詞:広瀬香美

 スキー用品のCMソングとして大ヒットした『ロマンスの神様』(1992年)ですが、ここで歌われているのはOLの合コンでした。
  週40時間という労働時間目標が明記され、さらに変形労働時間制=フレックスタイムが導入されたのは、1987年の労働基準法改正が最初でした。
 つまりは、平日は9時間、土曜日は半ドンで午前中だけ働くという戦後以来のサラリーマンの労働時間の基準がここで変わったのです。
 これらが導入された背景には、日本の長時間労働が不公平競争を生んでいるという諸外国の批判があり、欧米標準に倣うという趣旨のもとで週休二日制、フレックスタイム制が導入されていったのです。
 実際にこれらが定着するまでには時間はかかりました。`80年代半ばには大企業が先導する形で週休二日制を普及させていきましたが、この歌がつくられた1992年には、国家公務員にまで完全週休二日制が導入されました。

  Boy Meets Girl 土曜日 遊園地 一年たったらハネムーン
  Fall In Love ロマンスの神様 感謝しています
  Boy Meets Girl いつまでも ずっとこの気持ちを忘れたくない
  Fall In Love ロマンスの神様 どうもありがとう

 冒頭で期待していた友達の連れてくる男性グループとの合コンから、歌の終盤にはもうハネムーンに出かけるという、かなり強引な歌です。土曜日に遊園地にデートに出かけるという、まさに週休二日制導入以降のボーイ・ミーツ・ガールの在り方を描いています。
 この歌は、都会で働く女性への応援歌ではなく、ずばり結婚したいという、女の本音を全開にしています。

 毎日残業しながら男性と競争するような総合職を選ぶ女性とは違い、割り切ってアフターファイブを遊びに使う一般職OLを選ぶといった、不況期を元気に邁進するOL像といったところでしょうか。冒頭の「勇気と愛が世界を救う♪」なんていうハイテンションぶり、そして「神様」という言葉など、当時ちょっとブームになっていた新興宗教ののりを連想させるところでもあります。

 今の会社にすべてを投じるのではなく、お金より時間を選んだのが、『ロマンスの神様』に出てくるようなOLです。リクルートが1990年に創刊させた『ケイコとマナブ』は、習い事や資格スクールの情報を紹介する情報誌でした。いわゆる「自分磨き」というニーズを満たしたいOLがターゲットです。一方で、彼女たちは、今の仕事に満足していなくても、資格を身につけて転職した暁には、満足できる仕事をしたいという気持ちも持っていたのだと思います。

  いつも無理して笑顔つくるより
  誰かのこと想って泣ける方が好き
  かわいくいたい かわいくなりたい
  女なら誰でも愛されていたい
  『かわいくなりたい』古内東子(作詞:TOKO)


 古内東子も恋愛を題材にした歌をたくさんつくり、OL層に特に支持された歌手の一人です。『かわいくなりたい』は、96年に発表された彼女のシングル曲です。ここには、広瀬香美の恋愛しか見えないOLの実像をさらに超えた、すべてのリソースを「モテ」や「愛され」に投入するヒロインの心情が描かれています。

 作家の赤坂真理は『モテたい理由』の中で、かつて女子大生=お嬢様だった70年代後半に女子大生雑誌として創刊された『JJ』が、いまは「女子大生から若年事務職OLまでを統括した“あるメンタリティ”の雑誌」になったのだと指摘しています。

 その「あるメンタリティ」とは「女だてら」の出世などという困難な道を選ぶより、モテや愛されを追求し、経済力のある男性との結婚のほうが効率のいい成功であるという考え方のことです。つまり、それが「愛され」「モテ」を生み出したと彼女は言います。

「合理主義」は、バブル崩壊後の日本の企業社会全体が向かった道で会っただけではなくて、女性ファッション誌にまで行き渡った価値観です。

「愛され」「モテ」にの裏側には、OLの一般職から非正規雇用への転換があった。そんな社会になって気がついたのは、『ロマンスの神様』のOLたちのように、アフターファイブに全力投入するようなOL像とは、安定雇用の上に乗っかったものだったという事実でした。

  新しい服も伸ばしている髪も
   すべては大切なあの人のため
  きれいでいたい きれいになりたい
  女なら誰でも愛されていたい

 「あの人のため」といいながら、ここでの「きれいになりたい」、「愛されていたい」という競争における敵とは、つまり女性です。男性原理で動く会社での競争から降り、「モテ」や「愛され」に向かった女性たちも、また新たに「愛され」るための競争社会に飛び込んだに過ぎないのです。その辺の切実さは、実は広瀬香美のかなりぶっちゃけた歌でも覆い隠されていた真実と言えるでしょう。

ああ、でもどっちも名曲だなあ。

*このテキストは『別冊文藝春秋2013.3』に書いた『量産型ロマンスで抱きしめて!』で書いたものから一部抜粋したものです。オリジナル版には、ユーミンや今井美樹、宇多田ヒカルなどの話も書いています。

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