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2008年1 月11日 (金)

新風舎問題問題 このエントリーをはてなブックマークに追加

一部の新聞は、経営悪化について、「訴訟が相次ぎ」という言い方をしているが、むしろこの問題で語られるべきは、「訴訟が相次がなかったこと」にあると思う。

去年の7月に元大学教授ら3人、11月にさらに2人と、それだけだったはず。

なぜほかの人たちが訴訟騒ぎに便乗しなかったかというと、他の多くは自分が被害者だとは思はなかったからだ。

逆に訴訟を起こした人たちに対して反発している人も多い。新風舎のやっているビジネを詐欺的な商売と認めてしまうと、自分の作品が認められて、出版に至ったという事実(自分の認識とでも言うべきか)自体にひびが入ってしまうというジレンマからきているのではないだろうか。

今回の騒ぎでも、新風舎にはクリエイターズワールドという新風舎で出版した人が(有償で)書けるブログサイトを読んでいると、「後悔はしていません」という反応はあれど、怒っている人は皆無だ。

新風舎や文芸社から本を出している人たちの本を何冊か取り寄せて読んでみた。アダルトチルドレンであることへの告白、自己啓発的な自分探しの旅の旅行記、亡くした息子の記録だったりといったものだ

こういったものを読む限り、程度の大小はあれど、新風舎のような共同出版から本を出そうという人たちにはセラピー行為としての出版という要素が少なくないように思える(確かにそれは共同出版に限らないという説もある)。

新風舎問題は、ただ単に人のコンテストで人を集め、その気にさせて書籍化を進めるという商売が詐欺的かそうでないかといった問題ではない。新風舎商法はオレオレ詐欺のような誰もが明確にわかる詐欺ではない。大勢にとって自分が騙されたという自覚がないのだから。

むしろ新風舎問題の問題点とは、これを詐欺だと思わない、思いたくない人たちが大勢いたところにあるのでは? という気がする。

これと似た話がホワイトバンドの時にもあった。ホワイトバンドを文春やネットが“詐欺じゃねえ?”と騒いだときに、それまでホワイトバンドを賞賛していた人たちが、“運営側の意図がどうであれ、これに参加した自分の気持ちに嘘はない”みたいなことを言い出したっけ。

ホワイトバンドを詐欺だと騒いだのは、ホワイトバンドなんて買わなかった連中だけだったんじゃないだろうか。

現代には、仕事や記号消費では自己実現、承認欲求が満たせなくなっている“自分探し系”の人々がたくさんいて、そういった人々のセラピーとしての共同出版ビジネスが生まれた。

そして、100万や200万円といった金を払ったにも関わらず、実際にほとんどの書店には置かれない。在庫がいくら出ようと、自分の手には渡らない。だけど、これを詐欺ともは思わずに、自己責任、もしくは「後悔はしていません」で片付けられる心理というのはどこからくるのか。

ケータイ小説が、いろいろ不幸(難病で彼氏が死んだりレイプされたり)があったけど、乗り越えて幸せになりますみたいなエンディングになるのも、このメンタリティと関係があるような気がする。

共同出版、セラピー、ホワイトバンド、自分探し、自己啓発、ケータイ小説……

セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマ
小池 靖
勁草書房 (2007/08/29)
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コメント

no-name

初めて書き込ませていただきます。

なるほどなあ、と思いました。こういう、被害を受けたと思わない人については、主観的な満足は得られているわけで、商売として問題はないように私は思います。

しかし、もう一つ考慮すべき点があると思います。

世の中には、コンプレックス産業というものがあります。英会話、身長を伸ばす、ダイエット、包茎矯正、etc...。これらには膨大なインチキ商売が横行していますが、被害者は「こんなものに関わったことを人に知られるのが恥ずかしくて、被害に遭ったことを口にできない」のです。

そして、自費出版はコンプレックス産業の一種であり、今回の事件でも、被害をこうむった人の中には、憤りを抱えつつも、沈黙せざるを得ない人が一番多いのではないかと思います。

こういう人の存在を考えると、やはりこの新風舎は商道徳に反する存在だったと思うのです。

はじめましてこんにちは。
『これを詐欺ともは思わずに、自己責任、もしくは「後悔はしていません」で片付けられる心理というのはどこからくるのか』これは心理学で言うところの"防衛機制"だと思いますよ。騙されたと認めてしまうと心がメシャッと潰れてしまうので、それを回避するために「後悔していない」と他人に言うと同時に、自分にも言い聞かせる。

要は悪徳ホストやヒモに騙されたけれど認めたくない人と同じ心理状態だと思います。愛しいホストがささやいてくれる「お前だけは特別、愛してるよ」という言葉が嘘であったことを認めてしまったら、心がグシャッと潰れてしまう。自分を愛してくれる人は地球上のどこにもいないことになってしまう。そんな思いを回避するために、たとえたくさんのお金を巻き上げられていても「彼と出会ったこと、後悔していない」「すれ違ってしまったけれど、彼は確かに私を愛していた」と言うのです。

つくづくこの商売は、人の心のスキマをついたうまい商法だと思います。

絶望中年

めんどくさいのは嫌だけど、自己顕示欲は満足させたい、というのが被害者に共通するところではないでしょうか?

少し調べれば、この出版社がこういうところであるのは、わかること。けれど調べようとすら思わない。

少し調べれば、同人専門印刷会社がたくさんあって、かけた手間と金に応じた本を好きなように作ることができる。
けれど編集とかレイアウトとか、自分で調べて研究しようとは思わない。

ISBNコードも、個人だって取得できる。そんなことは調べればわかる。けど調べない。

自分で書店まわりして置いてもらおうとも思わない。

そのプロの編集による本を手にとって、自分の満足がいくようなレベルにあるのかどうかすら、確かめない。
近くの書店に足を運び、その出版社の本が並んでいるのかどうかすら、確かめない。

最初から、調べもせずに人まかせにして、金を出しさえすれば、プロが編集してくれた立派な本ができて書店に並び、プロ作家と並べると夢想する。

あとは他のみなさんと同じ経過で、現実を肯定しようとする。

調べるということもしないで、無駄な努力をし、結果を出せず、その努力をした自分だけを評価しようとするが、それはむなしいものなので、結局十分な満足は得られず、また同じことを繰り返す。

宗教系の詐欺にはまり、「お布施さえ払って、お題目を唱え、信じていれば、幸せが手に入る」と思い込む仕組みに似ていると思う。

お客さんには自己主張の強い人が多かったように思います。

語りたいことは多いけれど、引退したら周りがあんまし相手にしてくれなくなったような人です。
中小企業の社長とか、県連のお偉いさん、無名大学の教授とか・・・。こういった人たちにいい人はいませんでした。

逆に引退後に文芸サークルとかで俳句や和歌をたしなんで、身内用に小冊子を作りたいといった年配の方は尊敬できる人が多かったです。

女性は創作が好きなかまってちゃんが多かったですね。

 

代償行為は結構ですが、勘違いしたままそれが実績だと勘違いして振り回す側に回っちゃったりもするよね
本職のセラピストから見りゃ迷惑なんじゃないスかね

真由美

わたしは新風舎から去年「30センチの水面」という単行本をだしました。増刷していただき、500冊にプラス800冊です。自費出版ですので自分で営業して市の本屋さんや駅などに置いていただき、宣伝もあれこれやりました。おかげさまで3ヶ月で500冊売りました。表紙も自分の意向を取り入れていただき満足しています。新風舎の魅力は賭のようなもの。わたしはその増刷に賭けてみようと思ったわけです。これからは在庫を自分の力で売ることになりますが、本の一部、演劇化となるチャンスもあり、そういう部分から挽回していくつもりです。自費出版の楽しみは自分の作品を自分の足で売り込めるところだと思っています。努力なしで甘い蜜など吸えません。人との出会いなど得るものもたくさんあります。そういう点で、わたしは後悔なしです☆全国に置ける見込みはなくなりましたが、どこかでみかけたら読んでいただければ嬉しいです。

Nobby

私も新風舎で昨年7月に文庫本長編のほかに短編収録を出版しました。以前全国書店販売の商業雑誌にレポート書いていたので書くことが大好きで少しも苦になりませんでした。
一生に一度自分の本を絶対出すのが念願でしたが高齢者になって青春時代の恋愛とか想いで2年かけて取材もして、小説に書いて出しました。

多くのかたが法外な費用取られたと書いていますが、コンサルタントしていたので数社に原稿提出、出した全社から自費出版の要望があって見積もり全部取って見せながら費用は数回交渉納得の上了承したので後悔していません。

国会図書館にも寄贈確認、全国新聞掲載、100店リストも送られてアマゾンネット立ち読み、一部有力書店在庫確認など出来たのでまあよかったかと思っていますが。
営業にも歩いたらある書店で3回目に書棚においてくれました。

結局すべてを任せてはいけないことを痛いほど経験しました。
訴訟を起こしてる人の訴状一部をネットで見るとあまりにひどく
もっとすべての人に公平であって欲しいと思います。
2007年度の作家出版名鑑にも載りましたし、これを記念と思っています。
自費出版する人は素人で誰も読まないという意見もありますが、お笑いタレントの小説、またケータイ小説が売れる時代では昔のように文章の上手、下手はないと思います。

ただ、信頼していただけに今回の無責任な倒産、特に出版しようとして金を払った人の救済は全責任を負うべきです。
あえて違う意見も載せていただければと思いコメントさせていただきました。
自費出版は生きている証を残しかったので一度だけ、次は頑張って文学賞を狙います。

Nobby

自費出版はなにも努力せず、印税収入だけを当てにしているという意見もありますがすべてがそうではありません。
僕は一生に一度だけ自分の本を出版したい、形にしたい、自分で本を手にした時の喜びを想像し、青春時代の恋愛物語を書きました。

あらすじを書き、登場人物を想定、二人が運命の再会をする場所は日本、外国を歩いてシーンを形成する、航空機での再会なので飛行機と客室乗務員の仕事を徹底的に分析する。
2年間かけて構想を練って小説にしました。

4社に見積もりとって4社から自費出版依頼があり、自分の出せる費用90万円以外は1円も妥協せず交渉、デザイン、宣伝広告、さらに出版計画を出来上がってきた原稿(CDロム)見てさらに表紙・デザイン・修正、加筆3ヶ月間延長を依頼、毎週メールで意見具申、訂正箇所依頼、100店リスト見て販売部に常に確認電話、メールと新風舎の編集部の方を使いまわしたぐらいです。

さらに図書館寄贈、友人への紹介、書店への積極的セールス
考えられるすべてのことは全部やりました。
ISDN・国会図書館寄贈、全国全作家年鑑2007に載ることが希望でした。

ただ、ネット販売が主体で書店も一時は置いてくれても常時ではないので倒産、在庫廃棄処分についてはやはり、声を大きくして責任を説明会などで求めることが必要です。

結論から言えば大変な労力・情熱・火の玉のような突っ込んで行く気持ちで自分の本なのでやらなければ頼っていてはダメだというのが結論です

Nobby

私はもう70歳も過ぎたので一生に一度自分の本を手にしたい、自分を賭けたい、その先に何があるのかと自費出版していろいろと書きましたが、最初から自費出版ありでなく、

最初に若い方は、ブログで自分の書いたものを公開してみてはいかがでしょうか。
必ずコメントくれたり、メールくれる方がいます、それで自分の力とか反応もわかります。
小説のランク付けもあるので他の人を見ながら、ブログの上位に入れるよう頑張ってください。
反応大きいと出版社からただで出版の可能性もあります。

次に小説だったら小説家の小説作法とかいろいろな本を読むことだと思います。
ある小説家は原稿用紙壱千~千五百枚何でもいいので書きまくれと書いてありました。
千五百枚ほど書きましたがたしかに表現、見方が違ってきます。

最後にネットで懸賞応募することだと思います。約200以上の新聞社賞も含めて応募する機会もあります。

今は自費出版の本が売れても初版は印税収入が入らないところがあります。
今後、新風舎倒産によって自費出版問題が大きく取り上げられるでしょうから出来ればこれを機会に改善されてよい方向に行って欲しいと思っています。

>これを詐欺ともは思わずに、自己責任、もしくは「後悔はしていません」で片付けられる心理

に関するコメントがついていますね。きちんと判断して納得している方もいるんですね。

一定の不満を持つ人も、訴訟する場合のリスクを考慮すると、自分を納得させてしまうでしょう。とりあえず本が出せたから良かったでいい人もいるだろうし。

コメントを受けて、もうすこし精密に、新風社とそのユーザーに関する考察・批判をしてもらえるとありがたいです。

あと、ごく部分的な意見で申し訳ないけれど、自分はホワイトバンド買ったけどやっぱりあれは詐欺だと思います。赤い羽根と同じ、おまけつき募金だと思わせられたからね。少なくとも良心的ではない。訴えないけどね。

じゅん

私には情熱のすべてを写真に賭けて生きている友人がいます。私もかつては写真学校を卒業しアマチュアとして作品を制作し個展を開いたりして活動していた時期がありましたが、自分の才能を見極め多くの方と同じように現実路線を歩む道を選択しいつしか記念写真を撮るときくらいしかカメラを持たなくなりました。その友人から3年ほど前新風舎から共同出版で写真集を出そうと思うがどう思う?と相談を持ちかけられた事がありました。色々話を聞いてみると正直胡散臭いな~と思いましたが友人もそのことは心得ていて、それでも区切りとしてというかいままでやってきた事を形にしたい、これを励みにしてまた頑張っていきたい、と言ってました。うまく言えませんが、私が思うのはこのようなコメントを友人がみたらどう思うだろう?と考えるととなんだか少し心が痛みます。写真に限らずアマチュアとして作品を制作している者にとってその世界で成功することがどんなに困難なことであるかわかっていない者はいないと思います。甘い、世間知らず、だまされる方が悪い、セラピーとしての出版ビジネス・・本人達が一番わかってるからこそ沈黙している人が多いのだと思います。将来の生活を考えると、とても恐ろしくて友人のような人生を歩む気にはなれなかった私にすれば真摯に写真と向き合ってる友人は時にまぶしく写るときがあります。でも、経済的にも精神的にも苦しくてそれでも夢に賭けて生きてる友人の心はガラスのように繊細でぎりぎりの精神状態であるのも知っています。新風舎問題は本当に複雑だと思います。私は被害者をなじるようなコメントは・・ちょっと悲しい。そっとしておいてあげたい・・そんな気分です。

デーブスベルマー

角川が逮捕されたからって角川書店で出した作品がすべて悪いとは思いません

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about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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