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2006年4 月11日 (火)

リゾートポップス考 その1 このエントリーをはてなブックマークに追加

太陽の恋
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加山雄三
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リゾートポップ前史

こちらのブログに触発されて、“リゾートポップ”とは何かを考えてみた。 戦後のリゾートポップスらしきものを遡れば、1948年の岡晴夫が唄った『憧れのハワイ航路』があるのだけれど、この時点では海外渡航が禁止されていたどころか、まだ占領も解けていない時代のバカンスを唄ったもの。

この曲のヒットがきっかけでのちに同名映画(1950年)も企画されるが、これも戦争中ハワイで行方不明になった父の逸話が出てくるのみで、決してバカンス映画ではないようだ。

その後日本は戦後の復興を果し、ようやく政策として余暇やスポーツなどが推奨されるのが1950年代末のこと。

当時の皇太子が軽井沢でテニスを楽しむといった光景を通し、国民に向けて余暇やレジャーという概念が浸透する。 東京オリンピックを控えた1963年に観光基本法が制定。この観光基本法の目的は「外国人観光旅客の来訪の促進」だけでなく、「国民の保健の増進、勤労意欲の増進及び教養の向上とに貢献すること」も含まれている。 この年のヒット曲にザ・ピーナッツの『恋のバカンス』がある。

熱い砂のうえで
裸で恋をしよう
人魚のように
作詞:岩谷時子

またこの前年の1962年にはカバーポップス『ヴァケイション』を弘田三枝子が唄いヒットしている。

VACATION 楽しいな
ギラギラと輝く 太陽背にうけて
青い海 泳ぎましょ
待ち遠しいのは 夏休み
作詞:漣健児

どちらも具体的なリゾート地は描かれていない。大礒だの、九十九里だとか、御宿だとか日本の海水浴場の地名が出てくるの台無しということだろう。湘南、茅ヶ崎、鎌倉などを歌うサザンが出てくるまでは、あくまでもアメリカンポップスの衣を借りた匿名性のリゾートソングしかなかったということか。

ただ、この頃急に「バカンス」「ヴァケーション」という言葉がヒット曲に登場するところには注目する必要があるだろう。他にも、この頃のポップスのヒット曲は、海外のヒット曲のカバーが中心で、『サマー・ホリデイ』の日本語カバーなんかもあった。

国内のリゾート開発を見ると、1966年に炭鉱から沸いた温泉を利用した常磐ハワイアンセンターが誕生。これは、第一次、第二次産業からサービスや観光といった第三次産業への転換という、時代の流れを象徴する出来事でもあった。

■国内リゾートソングの時代

一方、実際にバカンスというか、国内旅行を描いた歌も1960年代に生まれている。

コーラスグループのデュークエイセスが日本全国都道府県の歌を唄うという試みを行なっていたことがあり、1967年には宮崎が新婚旅行先として人気があったことからデュークエイセスが『フェニックス・ハネムーン』を発表する。

君は今日から
妻という名の 僕の恋人
夢をかたろう ハネームーン
作詞:永六輔

リゾート地がどうといった具体的な描写はないものの立派なリゾートポップスと言えそうだ。 ただし、観光地を唄った歌がすべてリゾートポップスというわけでもない。

『函館の女』、『津軽海峡冬景色』、『旅の宿』と御当地ソングは演歌の十八番だけど、大概異性を追いかけて捜し求める唄か、故郷を飛び出した唄かのどちらかであって、あまりリゾートではない。

『長崎は今日も雨だった』とかは雨っていう時点でリゾートソングではない。 一方、演歌ではなく船乗りを唄ったマドロス歌謡というものもあった。

森進一の『冬のリヴィエラ』はリヴィエラというリゾート地が舞台だが、歌詞の感じだとおそらくこのマドロス歌謡の流れを意識しているだと思うから少し除外しておきたい。小林旭の「京都にいるときゃ 忍ぶと呼ばれたの~♪」の『昔の名前で出ています』は逆に、船の経由地を流れ歩く女を描いた逆マドロス歌謡だという指摘はおそらく歌謡史的に重要かと思うけどここでは関係ない。

同時期、1960年代のアイドルスター、加山雄三こそ最初のリゾート歌手だったかもしれない。加山が主演した若大将シリーズは、アルプス、香港・マカオ、ハワイ・タヒチろ世界のリゾートを転戦するリゾート映画といっていい。中でもタヒチやハワイを舞台にした『南太平洋の若大将』(1967年)ではウクレレを披露しているし(これらは基本的にはプレスリー映画の模倣だ)、サントラにも本人のスキャットが気持ちよいボサノバが収録されるなど、レベルは高い。

その他60年代の音楽をざっと眺めてみるとタイガースの『シーサイド・バウンド』、スパイダーズ『サマーガール』など橋幸夫『恋のメキシカンロック』、あたりは具体的なリゾートこそ登場しないが、リゾートソング的な夏を歌った曲が増えている。

そして、ちょっと時代を70年代末に筒美京平によって作られた、地中海をテーマにした三部作、『魅せられて』(ジュディ・オング)、『飛んでイスタンブール』、『モンテカルロで乾杯』(庄野真代)辺りまで飛ばす。ちなみに『エーゲ海に捧ぐ』のテーマソングにもなったジュディ・オングの『魅せられて』のB面は『クレタ島の夜明け』で、収録されたアルバムも地中海がテーマだった。これらのテーマはリゾートというより、遠い異国=エキゾティズムだが、どれも情熱や刹那の恋を唄っていることからも、リゾートポップスといっていいのではないだろうか。ただし、『飛んでイスタンブール』が流行った1978年には、トルコへの直通便はまだ運行されていなかったことにも触れておく。

■バブルとリゾートの時代

リゾートソングが単なる憧れではなく実際のものになるのが、1980年代。それから国内のリゾート開発に多大な影響を与えたであろうユーミンの『SURF&SNOW』が1980年に発表。

そして同年に松田聖子がデビューし、リゾート地の地名を拝した『マイアミの午前5時』や『セイシェルの夕陽』(どちらも『ユートピア』に収録)、リゾート地を意識した『青い珊瑚礁』、『渚のバルコニー』などが歌われる。

そして、本格的にリゾートが現実のものとなり、1980年代後半以降のバブルの時代。バブル経済の始まりは1985年と言われるが、この少し前から土地は高騰していたし、リゾート観光的なものの盛り上がりや、風俗・ファッションとしてのバブル文化の予兆はすでに始まっていた。

天国にいちばん近い島1984年には原田知世主演の角川映画『天国にいちばん近い島』が公開。この映画は全編ニューカレドニアが舞台で、これが観光の呼び水になり、日本から大勢押し掛けることになる。

映画自体は、しょうもないとってつけたストーリーはあるが、ほぼニューカレドニアのプロモビデオと言っていい内容。実際、監督の大林は何を撮ってもいいよという待遇。会社からのご褒美映画だった模様。

この映画の主題歌を原田知世本人が唄っていて、林哲司作曲。林哲司はまさに 80年代後期の本格リゾートポップスの立役者。

このテーマ、「リゾートポップと沖縄観光キャンペーン」につづく

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