2009年12 月15日 (火)

コーヒーと恋愛、及びその受容とたまにイノベーション このエントリーをはてなブックマークに追加

恋は 私の恋は 空を染めて燃えたよ
夜明けのコーヒー ふたりで飲もうと
あの人が言った 恋の季節よ

『恋の季節』作詞:岩谷時子

決定版 今陽子とピンキーとキラーズ

ピンキーとキラーズのデビュー曲『恋の季節』には、「夜明けのコーヒー」という歌詞が登場する。男は口説き文句として「夜明けのコーヒー」を一緒に飲もうと女を誘う。喫茶店のモーニングに誘っているわけではない。朝まで部屋で一緒に過ごそうという大人の口説き文句だ。
ピンキラは`68年にボサノバを歌うグループとしてこの曲でデビュー。もしかしたら、コーヒーが登場するのはボサノバ=ブラジルのつながりもあるのかもしれない。

この歌詞からはカップルが飲んだコーヒーがドリップ式なのかインスタントだったのかの推測は出来ないのだが、きっと後者である。なぜなら、この曲は発売される前年に、インスタントコーヒー界における革命『ネスカフェ・ゴールドブレンド』が日本で発売されていたからだ。

フリーズドライ製法を使った本格的なインスタントコーヒーの皮切りがこの『ネスカフェ・ゴールドブレンド』だった。「違いがわかる男の」というキャッチコピーと“ダバダ~♪”のCMソングは「目覚め―ネスカフェ・ゴールドブレンドのテーマ」長きに渡って使われているので、知らない人はいないだろう。

常にコピーとともにコーヒーにうるさいイメージの文化人を毎年起用するこのCMの初代は映画監督の松山善三で、遠藤周作や北杜夫も出演。ただし、「違いがわかる男の」というコピーは、現在「違いを楽しむ人の」に変わっている。ただし、このシリーズで最初に起用された女性は版画家の山本容子で、シリーズ開始から29年目の1999年のこと。

さて、『恋の季節』からちょうど30年後にあたる、1998年。モーニング娘。は『モーニングコーヒー』でデビューする。そのデビュー曲にも、コーヒーが題材として取り上げられている。

ねえ はずかしいわ (ドキドキ)
ねえ うれしいのよ (してる)
あなたの言葉
「モーニングコーヒー飲もうよ 二人で」
(Yes) 門限どおりに
(Yes) うちに送ってくれる
(Yes) 私より弱虫ね
(Stop) 時間が来るまで
(Stop) ぐるぐると遠回り
(Stop) くちづけも出来ない人

叱られたって かまわない
あなたについてゆくと決めた
なのに 急じゃ (こわい)

『モーニングコーヒー』作詞:つんく
モーニングコーヒー

しかも、ここで描かれるのも、“モーニングコーヒー飲もうよ 二人で”という、男からの口説き文句である。この男は、普段彼女“門限どおり”に送って届けるまじめな男のようだ。そんな彼に突然大胆な告白をされ、ドキドキする女の子の心模様が歌われる。

門限がある実家暮らしの女の子で、「叱られたって かまわない」というくらいなのだから、ここでのモーニングコーヒーは、外である。ホテルからの初めての朝帰りというシチュエーションなのだろうか。

そうだとしたら、この2人が飲んだモーニングコーヒーは、まだ当時、シアトルから上陸して間もないスターバックスコーヒーだった可能性がある。スタバの日本進出は`96年。銀座が1号店だった。そして、この曲が発売された98年から99年にかけて国内の店舗数を18から52店舗へと急増させている。そこからスターバックスは、あっという間に普及していった。

コーヒーの進化・イノベーションは、歌謡曲の恋愛の場面において、さりげなく登場し、ある種の役割を果たしているのだ。

さらに、ピンキーとキラーズとモーニング娘。の両デビュー曲のちょうど中間にあたる1983年。尾崎豊のデビュー曲『15の夜』に登場するのは“缶コーヒー”だ。

冷たい風 冷えた躰 人恋しくて
夢見てるあの娘の家の横を サヨナラつぶやき走り抜ける
闇の中 ぽつんと光る 自動販売機
100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ
恋の結末も解らないけど
あの娘と俺は将来さえ ずっと夢に見てる

『15の夜』作詞:尾崎豊

卒業/15の夜

15歳の少年が夜中に家出を敢行する。そして、(おそらくは)片思いの少女の家の前を通り「サヨナラ」と独りつぶやく。周囲は真っ暗だが、少年はぽつんと光る自販機を見つける。
「100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ♪」と続く。

少年の不安な心は缶コーヒーによって暖められる。はかないその場限りのぬくもりであることが、「100円玉で買えるぬくもり」という歌詞で表現される。15才にとっての缶コーヒーとは、ちょっぴり大人への背伸びという感情も込められているのだろう。

これを`65年生まれの尾崎の15才の頃の体験と仮定するなら、舞台設定は1980年ということになる。当時はまだコンビニも少なかった時代である。セブンイレブンの店舗数でいうと、現在の32分の1程度。外が寒いからといって、コンビニに寄っておでんでも買おうかという時代ではないのだ。

自動販売機に缶コーヒーが登場したのは1969年のこと。3年後の1972年にはホット用の自販機も登場している。しかし、缶コーヒー史における最大のイノベーションは、1976年に登場した「ホットアンドコールド自動販売機」だろう。この機種の登場以後、冷たい缶ジュースと温かい缶コーヒーを一緒に販売できるようになり、缶コーヒーは急速に普及することになった。

寒い夜に一人で家出する尾崎の孤独を暖めた缶コーヒーは、こんな技術革新を背景にしたものだったのだ。

ちなみに、缶飲料の価格が110円になったのは、尾崎が死んだ`92年のこと。100円玉1枚では温もりすらも買えない時代は、ここから始まったのである。

続く(かな?)

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2009年11 月24日 (火)

11月25日北仲スクール「ケータイ小説的郊外」告知 このエントリーをはてなブックマークに追加

Kitanaka

明日の北仲スクールでのレクチャーのポスターです。
只今、明日用の資料を制作中ですが、ざっくりと中身を紹介すると、
前半が
・表紙から語る近現代文学史
・表紙から見る大衆小説・ジャンル小説概要
・ハーレクインロマンスで覚えるカルチュラル・スタディーズ超入門
・ロマンス小説に描かれた社会背景から考えてみる

後半は、
・グローバルな文化状況に照らし合わせて見るケータイ小説
・ケータイ小説を生んだ90年代の下部構造と郊外
・郊外の変化と物語の変化
・スピルバーグ的郊外からタランティーノ的郊外へ

といった感じです。

  • 日時:11月25日(水)19-21時
  • 費用:無料(予約の必要はありません)
  • 会場:ヨコハマ・クリエイティヴシティ・センター(YCC) 3Fスペー-ス(〒231-8315 横浜市中区本町6-50-1
  • 交通:みなとみらい線「馬車道駅」1b出口すぐ/JR・市営地下鉄「桜木町駅」徒歩5分/JR・市営地下鉄「関内駅」徒歩7分
  • 主催/問い合わせ先:北仲スクール(横浜文化創造都市スクール)※
  • 連絡:Tel  045-263-9075 Fax 045-2623-9076 Email info@kitanaka-shool.net

2009年8 月14日 (金)

『サマーウォーズ』感想、ヱヴァ新劇場版:破との共通点とか このエントリーをはてなブックマークに追加

『サマーウォーズ』観ておもしろかったんで、感想というか箇条書きに近いメモを。

Summerwars_4 主人公・健二(数学の天才)は高校生で、夏希に連れられてきただけの外部の人間。侘助(スーパーハッカー)は妾の子で一族の財産を使い込んだ放蕩息子、カズマ(カリスマゲーマー)は中学生で、家族の食事の場所に現れずに離れでずっとコンピューターをいじっているなど、家族との距離が少しある。

『サマーウォーズ』はそんな3人が共同体の危機を救うことでその構成員に認められるという、共同体の通過儀礼のお話として見ることができる。健二の場合は、婿候補としての外部からの参入パターン、侘助は「放蕩息子の帰還」パターン、カズマは共同体の子どもが一人前の構成員に承認されるパターン。

ただし、彼らが迎え入れられるのは、実はそんなに前時代的な大家族ではないというところは重要かと。
それぞれが自分の仕事と家族を持った核家族は、年に一度だけ家長の栄ばあちゃんの誕生日にだけ集合するわけで、恒常的な大家族ではない。カズマとハルク・ホーガンキャラの万助が、インターネットを通じた拳法の師匠弟子の関係にあったり、侘助と家長の栄が血縁はないのに、それ以上に深く結びついていたり、土地に紐付けられた旧弊的な大家族ではないというアピールがあちこちに配されている。そもそも、みんな別々の職能を持ち、稼業を継いでいるものはいないという設定でもある。

いわゆる大家族のイメージは横溝正史の世界。土地建物、財産、伝統が家族を結びつけ、それらを巡る争いがおきて、地元に伝わる因習が前近代的なおどろおどろしさを演出したりする。横溝正史の大家族ものは、そういった要素が全部入り乱れて殺人事件が起きる。
『サマーウォーズ』の家族は、すでに土地や財産は失われ、建物しかないという。大家族を構成しているのは栄ばあちゃんの人間的な求心力として描かれる。
その栄の死によって家族は立ち上がるが、その力が本当に集結するのは栄の遺言の手紙が開帳された瞬間だ。栄は遺言において、家族の定義を行う。“家族とは一緒に飯を食うこと”。それだけがメンバーシップなのだと伝えるのだ。

食文化というのは、作物を生む土地に紐付いているので、イタリア北部のナショナリズムの発露としてスローフードが出てきたように、排他的な思想を生みやすいアイテムだと思うのだけど、ここでは血縁や家名なんて重要じゃないというアイテムに用いられているのだろう。

というのはともかく、これにより家族は侘助を迎え入れて一緒に飯を食うことで戦闘態勢を立て直し、力を再集結させる。
この家族の女たちは常に食事の支度をし(台所に男も立たせておけばもっと現代的になった気がするのだけど)、栄が侘助に長刀を突きつけるシーンでは、食卓がすべてなぎ倒されるといったとように、食卓が象徴として描かれる。

ここで思い出したのがエヴァ。
『サマーウォーズ』と『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の共通点は、家族=共同体のメンバーシップを巡る物語で、その突破口として“食事”をキーポイントにしている点にある。
エヴァの破で、シンジも綾波もアスカも料理をして、弁当を作り、食事会の日に向けてバラバラの物語を収束させようとするのを思い出した。

あと、よかったのが、夏希先輩がネット民衆を熱狂を一身に背負ってAIと花札勝負するクライマックス。ヒロインにもかかわらず夏希のキャラが薄いのには理由がある。それは彼女には依り代の役割が与えられているから。依り代とはいわゆる狐憑きのように、なにかを下ろす役割。
彼女はネットの善意を一身に背負って闘うジャンヌ・ダルク的戦闘美少女である。火の鳥入った吉祥天女への変身も見所。鹿の耳と巫女の衣装という神道系ゆるキャラ、けどカラーリングは赤と青のアメリカンカラー、おっと最後の青い浴衣が「その者青き衣をまとい」なのかな、花札と言えば栄の声をあてている富司純子主演『緋牡丹博徒 花札勝負』もあるじゃないかとか、いろんなものを過剰に背負っている。

それ以外に『サマーウォーズ』を巡る論点としてあげたいのは、仮想空間のコミュニティOZについて。
“mixi”+“Wii”+“セカンドライフ”だというこの電子コミュニティの運営主体が、どこの誰なのかというのが一番気になる。
全世界の10億人がアカウントをもっており、そこでのアカウントを通じて公共のインフラにまで影響を与えることができるというから、社会基盤として浸透している。

運営元は民間なのか国家なのか。一企業が国家の枠を超えて独占的に提供しているサービスなのか、それともひとつのサービスのように見えるが、実はさまざまな私企業が提供するサービス主体のより集めであり、OZは単なるプラットフォームなのか。それとも超国家的な政治主体みたいなものが存在し、国連軍のような形でオンラインコミュニティの運営を行っているのか。

どちらにせよ、ネット上に世界政府的なものが誕生している可能性が高い。一時期よく言われたGoogleの世界政府インフラとか、グーグルゾンみたいな既存のマスコミをすべて資本下に置いて権力の機能を独占するみたいな感じとは少し違う。もっとオンライン行政っぽい感じ。Greeやモバゲーが拡大して世界政府になるのか問題。

でも、マスコットキャラの鯨の名が「ジョンとヨーコ」なあたりが、言葉や国境の壁を超えた「イマジン」的なマルチチュード的な世界も匂っている気もしなくもない。人工知能「ラブマシーン」をOZに泳がせたのが米軍で、「グエムル」チックなアメリカが敵みたいな話になっている部分からは、OZがアメリカの覇権に対抗する存在であることも伺えるし。

そんな反アメリカの描き方とか、飯を作る女と社会で働く男みたいな家族における男女の役割の描き方とか、べたな依り代と萌えが結びついた夏希のキャラとか、「ジョンとヨーコ」の世界政府とか、挙げていくと鼻白むところが多いのも確かではあるが、おもしろかった。

2009年7 月 3日 (金)

追悼:マイケル・ジャクソン帝国と1984年(後編) このエントリーをはてなブックマークに追加

■コーラ戦争とマイケル

この時代に世界に進出したアメリカは、マイケルだけではなかった。ここからは音楽以外の1984年にも視野を広げてみる。

1984年に開催されたロサンゼルス・オリンピックは、オリンピックの商業化の始まりの大会として知られる。大会委員長務めたP.ユベロスは、各業種一社というルールで公式スポンサーを募り、大会運営を黒字化することに成功する。

五輪公式スポンサー第一号はコカ・コーラだった。その狙いは、まだコカ・コーラが浸透していないアフリカをはじめとした第三世界にライバルより早くコーラを売り込むこと。そのためコカ・コーラは、1982年のW杯スペイン大会、1984年のロス五輪と、世界的に注目されるスポーツイベントに莫大な広告費をあてたのだ。

さらに、この当時は「コーラ戦争」の時代でもあった。コカ・コーラとペプシコーラは互いに多大な広告費を使ってマーケティングに取り組んでいた。ロス五輪の公式スポンサーを巡る争い(コカ・コーラが提示した入札額は1260万ドルだった)に敗れたペプシは、マイケルとCMの契約を交わす。確かにマイケルなら国境や人種を越えた影響力を持ち、五輪にも唯一対抗できる存在だった。コーラ戦争は、オリンピックとマイケル、スポーツとポップミュージックを第三世界進出の架け橋として利用する、20世紀初頭までの植民地戦争の第二回戦でもあった。

Pepsi

1984年にCMバージョンの『Billy Jean』が使われたマイケルのペプシCMが流れた。この年、ペプシはシェアを1.5%伸ばし、コカ・コーラは1%下げている。この数字から、オリンピック対マイケルの戦いはマイケルの勝利に終わったと言えるかもしれない。

■ディズニー帝国の1984年

両コーラに並ぶアメリカナイゼーション、グローバル化の象徴がディズニーである。もちろんマイケルも大好きなあのディズニー。1984年は、ディズニーにとって転機の年だった。ディズニーアニメのヒットは途絶え、ディズニーランドの客足も減少の一途。そんな凋落時代のディズニーを救ったのは、パラマウントから来たマイケル・アイズナーである。

1984年にディズニーの経営を任されたアイズナーは、ケーブルテレビ局の買収やビデオソフトの販売を通して、過去のディズニーの遺産を商品として復活させ、実写映画への積極的な参与といった多メディア展開を始める。そして『美女と野獣』や『アラジン』といった新しい時代のディズニー映画を生む下地を制作部門内に作った。また、ディスニー帝国の足がかりもこのころに始まっている。1983年は東京ディズニーランドが誕生した年でもある。米国以外に進出したディズニーランドの第一号である。

Eo

ちなみにアイズナーは、ABC時代にジャクソン・ファイブをモデルにしたアニメ番組の制作に携わっていたことがあり、その縁からマイケルはディズニーランドのアトラクション「キャプテンEO」で仕事をすることになった。

マクドナルドやコカ・コーラ、そしてディズニーといった企業は、国家や領土の枠を超えて経済活動を行うグローバリゼーションを代表する企業。彼らを帝国主義時代の覇権になぞらえて“帝国”と呼ぶことがある。コカ・コーラ帝国にディズニー帝国といった具合だ。そして、この時代に米国文化として世界を席巻したマイケルもまた、帝国付きで呼ばれるべき存在だろう。マイケル・ジャクソン帝国。ただし、他の多国籍企業とは違い、この帝国だけは没落へと向かう。

■ジェシー・ジャクソンの1984年

さて、マイケルの年であり、グローバル化の転機でもあった1984年だが、アメリカの黒人の歴史という視点から眺めると、実に暗黒の時代であったことがわかる。81年に大統領になったレーガンが「強いアメリカ」を打ち出し、軍事費を増長、ドルの高騰を生む。国内の産業は打撃を受け、自動車産業をはじめとした失業率は高くなった。そして、アメリカ全体が保守化に向かっていた。

こうした流れは、黒人の権利拡大を訴える公民権運動にはマイナスに作用した。これまでは通っていた黒人の権利拡大の主張は、政府からも世論からも背を向けられるようになったのだ。そんな危機感から当時40代前半だった黒人の政治活動家のジェシー・ジャクソンは、レーガン政権を倒そうと、1984年の再選時、民主党内の大統領候補として立候補する。これは健闘と言っていい数字なのだろうが、ジェシー・ジャクソンはウォルター・モンデールとゲーリー・ハートに次いで3位になった。

結局、1984年のレーガン再選をかけた選挙は、レーガンが地すべり的とも言える勝利をおさめた。

ちなみに、このときのジェシー・ジャクソンは、マイケル亡き後、その遺族のスポークスマンを務めている人物である。元々、マイケルとは家族ぐるみのつきあいがあったという。

黒人の公民権運動にまつわる文化のすべてをR&Bと呼ぶと主張するジャーナリストのネルソン・ジョージは、この政治的な敗北、そして80年代初頭の黒人音楽の「クロスオーヴァー」現象を指して、「R&Bの死」と呼んでいる。マイケルの肌が白くなっていくのが、それを象徴する出来事として重ねることができるだろう。

そして、1984年から四半世紀が過ぎた。マイケルにとっては、25年前が頂点であり、それ以後は転落の一途といっていいだろう。『スリラー』で自ら作った壁が、自分の行方を遮ったのだ。小児性愛を巡る数々のスキャンダル、そしてみるみるうちに変化した肌の色と顔の形。そうしたすべてが、メディアの上でさらされる「スーパースター」という商品として世界中が消費した。正直、これほどおもしろいエンターテインメントはなかったし、もの悲しい帝国もなかった。

しかし、25年経った今年、バラク・オバマという黒人大統領が生まれた。あのときのジェシー・ジャクソンのジュニアが、政治家としてオバマ陣営を支えている。2009年はバラク・オバマが大統領になり、マイケル・ジャクソンが死んだ年として覚えられることになるだろう。

追悼:マイケル・ジャクソン帝国と1984年(前編) このエントリーをはてなブックマークに追加

*ビジスタニュースに書いたものに加筆修正を加えたものです。

ベストセラー街道ばく進中の村上春樹の新作『1Q84』には、マイケル・ジャクソンの「Billy Jean」がカーステレオから聞こえてくる場面がある。この小説の舞台である1984年は、ヤツの年だった。

スリラー(紙ジャケット仕様)

この曲が収録されたアルバム『スリラー』は、この年、日本で最も売れたレコードとなった。アメリカでは総計2700万枚のヒットを記録し、1983、1984両年のもっとも売れたアルバムとなる。そして、全世界での売り上げは約1億500万枚。『スリラー』がこれほどまでに世界を席巻した1984年とは、アメリカ、そして世界にとってどのような年だったのだろう。『スリラー』が世界で1億枚のヒットを記録した当時の時代状況を踏まえて触れてみる。

■MTVが登場し、音楽が総合エンターテイメントになった80年代

黒人音楽ジャーナリストのネルソン・ジョージは、70年代を「クロスオーヴァー」の時代と呼ぶ。「クロスオーヴァー」は通常、ジャズとロックの垣根を越える音楽のことを指すが、ネルソン・ジョージは、黒人音楽が白人の市場に取り込まれたこの時代の状況をなぞらえて、あえてそう呼んでいるのだろう。とにかく、大手メジャーのレコード会社は、黒人歌手のレコードを売るビジネスが、大きなビジネスになることに気付き始めたのが70年代。

そんな70年代の末にジャクソン5は黒人が経営するモータウンを離れ、大手メジャーレコード会社であるエピックに移籍することになる。この少し後、モータウンからダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイも、1982年にそれぞれRCA、CBSと白人系の大手レコード会社に移籍している。

ジャクソン5、ジャクソンズと経たマイケルが、ソロとして発売した『Off The Wall』(1979)は、それまでの黒人のレコードではありえなかったジャーニーやビリー・ジョエル並の広告予算がつけられた。結果、このアルバムは900万枚という、当時の黒人音楽史上最大のヒットを記録する。黒人のレコードはビッグビジネスになるという大手メジャーの目論見は見事当たったのだ。

そして、その3年後に発売された『スリラー』には、それを上回る規模で宣伝が行われ、『スリラー』は米で2700万枚(総計)を売るモンスターアルバムになった。そして、世界の市場をあわせると1億枚以上。もはや、黒人だ白人だという枠を「クロスオーヴァー」する世界的なビジネスになった。だが、この後にも先にも単独アーティストとしてこれだけの枚数のアルバムを売った例はない。それは、この時代だったから可能だったという理由があったのだ。

■なぜマイケルでなくてはならなかったのか?

ジャーナリストのネルソン・ジョージは、マイケルの登場がなければ彼の替わりに、ライオネル・リッチーが黒人のスーパースターになっていただろうと指摘している。70年代人気グループ・コモドアーズを抜けたリッチーは、黒人のスタッフを遠ざけた(これはマイケルもそう)。そして、カントリー歌手だったケニー・ロジャースをアメリカで最も人気のある歌手に仕立て上げた敏腕白人マネージャーを雇う。そして、R&B歌手の自分をアメリカで最も有名な歌手に仕立てるべく、白人市場を開拓する「クロスオーヴァー」戦略を自ら選び取っていく。

そして、リッチーは確かに80年代を代表する歌手の一人になった。だが、マイケルやスティービー・ワンダーのような世界的なスーパースターになったとまでは言えないだろう。リッチーがマイケルになれなかったのは、1981年に始まったMTVのせいだ。MTV以降、ポップスの歌手はただの歌い手ではなく、総合的なパフォーマーであることを求められるようになった。精悍なマスクを持ち、手足が長く、驚異的なダンスの技術を持ったマイケルは、MTV時代に相応しいスターだった。錦糸町のおばちゃん並の洋服センスと、どうしても成金趣味がにじみ出るライオネル・リッチーは、MTV向きの歌手ではなかったのだ。

■アメリカ発、世界市場向けの商品

MTVの登場で、米の音楽産業はメディアを「クロスオーヴァー」する総合エンターテインメント産業に変わる。そんな80年代、音楽の市場規模は急速に拡大していく。ロックの時代には存在した言葉の壁を、MTVの映像が取っ払ったのだろう。ロックのリズムは届いても、英語で歌われるメッセージは非英語圏にまでは届かなかったが、墓地でゾンビに襲われる映像は英語がわからなくとも届いたのだ。

日本においても、割合において、この時代ほど洋楽が売れた時代はなかった。それは、MTVが果たした役割が大きい。だが、90年代以降、再び洋楽の地位はまた下がっていく。ひとつにはJポップの台頭があった。そして、それだけではなく、90年代以降のアメリカの音楽産業は、80年代のように全世界に向けたユニバーサルな音楽よりも、狭い範囲に向けた商品を指向するようになった。これは、マーケティング手法の変化や政治状況と結びついているのだろう。

ライク・ア・ヴァージン

さて、80年代、MTVが生んだもう一人のスターがマドンナだった。彼女の『ライク・ア・ヴァージン』は1984年のアルバム。彼女は、世界が知る「わかりやすいアメリカ」であるマリリン・モンローに似せたルックスで登場し、「アメリカ発、世界市場向け」の世界戦略商品になりすました。マテリアル・ガール。

一方、マイケルは、世界の市場に受け入れられる商品になるべく、自分の身体に改造を加えていく。マイケルは、黒人と白人をクロスオーヴァーする存在から、アメリカと世界をクロスオーヴァーする存在にならざるを得なかった。黒人でも白人でもないユニバーサルな人種、そして男でも女でもない性別になろうとして、マイケルはその肉体を変貌させてゆく。

(つづく)

追悼:マイケル・ジャクソン帝国と1984年(後編)

2009年5 月 7日 (木)

なんちゃってジョニー・デップの世界 このエントリーをはてなブックマークに追加

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かつて、ジョニー・デップほど日本人に真似されるハリウッドスターが、これまで存在しただろうか。ヴィンセント・ギャロほど極端ではなく、適度に個性的で、わかりやすい小道具を使うから変装気分を味わえる。そんなところだろうか。

北島はこのあと、もう少しヒゲを伸ばしている。なんちゃってジョニー・デップは他にもkinkiの左側の人とか、日本代表のDFの人なんかにもいるが、ネタ的にいい写真が見つからなかった。

 

2009年4 月20日 (月)

『世情』vs『いちご白書をもう一度』 このエントリーをはてなブックマークに追加

沖田浩之と川上麻衣子と加藤優が出ていた『3年B組金八先生』第二期、シリーズ終盤の『卒業式前の暴力 前後編』は、あの金八が(当然)嫌いだったナンシー関をして「泣いた」と言わせたシーン。

「荒屋二中一のワル」こと加藤優は転向した桜中の金八の下で更正し、就職も決まっていた。だが、かつての不良仲間たちを見捨てて卒業することができず、再び荒屋二中に乗り込み、不良たちとともに放送室をバリケード封鎖する。その後が例のシーン。

警察隊が学校に強行突入し、加藤たちを連行。横暴な権力に屈してしまう加藤たちの姿がスローモーションで描かれ、バックには、正しいものが敗れ去る悲哀を歌う中島みゆきの『世情』が流れる。

このシーンは、学生運動にのめり込む若者たちの青春を描いた映画『いちご白書』(70年)の、学生運動の学生たちが占拠する学園に警官隊が突入するシーンを下敷きにしている。金八の演出家は、70年代末の校内暴力を60年代末の学生運動に見立てたのだ。

『いちご白書』のラストシーン、主人公が警官ともみ合う場面でスローモーションとなり、そこに重なる挿入歌のバフィ・セントマリーが歌う『サークルゲーム』。この曲の作曲者はジョニ・ミッチェル。金八の演出家が挿入歌に中島みゆきの学生運動を彷彿させる『世情』を使った。もしくは、和製ジョニ・ミッチェルとしての中島みゆきという連想もあったのかもしれない。

ただし、音楽で狙った演出の意図は、まったく違うもの。『世情』は警官が突入し、加藤たちを捕まえるシーンのスローモーションをドラマチックにするために使われているが、オリジナルの『いちご白書』の方は、警官が主人公を捕まえるシーンのスローモーションになったシーンで、それにそぐわない明るい曲調のものとして『サークルゲーム』を挿入している。

その明るい曲をバックに、まだ無邪気に楽しんでいた時代の回想のスローモーションとなって、エンドクレジットに突入。青春との訣別といった主題を、挿入歌とスローモーションで演出した。

さて、この『いちご白書』という映画を題材に曲を作っているのは松任谷由実(当時荒井由実)。

 

こちらは、かつて『いちご白書』を一緒に観た昔の彼女のことを回想する内容の歌詞。この歌の「自分」は、学生運動を卒業し、髪を切って就職を決めた自分に「もう若くないさ」と言い訳をする。 やはり、学生運動とそこからの卒業を、「モラトリアムの終わり」、「あきらめ=成熟」と解釈して歌にしている。

ユーミンも中島みゆきも、ジョニ・ミッチェルからの影響は大きいんじゃないかと思うんだけど、この辺りがそのスタンスの違いみたいなものをあらわしていたり、しなかったりするんじゃないかと。

2009年3 月17日 (火)

遠距離恋愛のソリューション このエントリーをはてなブックマークに追加

太田裕美の『木綿のハンカチーフ』は、「東へと向かう列車」に乗って都会へと旅立つ恋人を送り出す女性の歌。この歌は2番、3番と進むにつれて時間が経過し、都会の生活に慣れた恋人は、結局戻ってこないという結末を迎える。ちなみに作詞者の松本隆は東京都出身。このような上京の経験はない。

いるかの『なごり雪』も駅で恋人との別れを惜しむというもの。「東京で見る雪はこれが最後ね」という歌詞から、舞台である駅は東京にあることがわかる。上京ではなく、地元へ帰ってしまう恋人との別れを描いた歌なのだろう。作詞者の伊勢正三は大分県出身。大学は千葉工業大学なので、上京経験は有り。

この2曲は1976年にヒットした曲だが、それから10年を隔てた1986年のヒット曲『青いスタシィオン』も上京鉄道歌謡。これを歌っているのはおニャン子クラブの河合その子。前の2曲に比べれば知名度的には劣るかもしれないが、この曲は個人的には80年代のアイドル歌謡の最高峰だと思う。

「スタスィオン」とはフランス語の“ステーション=駅”のこと。やはり、恋人が旅立つのを駅で見送る内容の歌だ。ちなみに作詞者の秋元康は東京出身。上京の経験はない。

どれも卒業、就職のシーズンに訪れてしまう恋人との別れがモチーフになっている。

こういった3月の別れは普遍的なモチーフものなのかと思いきや、この手の恋人との別れを描いた上京ソングが、その後流行ったというような印象はない。なぜか?

70年代新幹線の本数の増強や路線拡大、そして90年代の新幹線のスピードアップが地方と東京の関係、そして恋人たちの関係を変えたのだ。

1987年、JR東海は東京−新大阪間の最終列車に「シンデレラエクスプレス」と名付け、東京・大阪と離れて暮らすカップルが、週末を東京で一緒に過ごしたあとに最終列車で帰る恋人を駅まで見送りに行くというドラマ仕立てのCMを放映した。


BGMには松任谷由実の『シンデレラエクスプレス』が流れる。このCMキャンペーンは、ユーミンの曲名から取っている。このCMに出演している横山めぐみは、僕らの世代にとっては少し特別な女優であった。

ドラマ『北の国から』の主人公・純の初恋の相手で、家族で夜逃げして離ればなれになった“れいちゃん”を演じたのが横山だった。電車に乗って横山めぐみに会いに行くというシチュエーションは、絶対このれいちゃんとのエピソードを踏まえたものだろう。

それはともかく、このCMが訴えるのは、週末は一緒に過ごすという遠距離恋愛の形だ。つまり、新幹線のスピードアップによって恋人たちの距離は縮まり、週末に簡単に行き来ができるようになったのだ。

そしてさらなる遠距離恋愛カップル向けのソリューションとして登場するのが携帯電話だ。

「♪ 離れてる気がしないね 君と僕との距離」というのはオレンジレンジの『以心電信』という曲の冒頭部分。さらに「いつも僕等はつながっているんだ」と、距離が離れていても、テレパシーで心はつながっているという歌なのだが、これはauの携帯電話のCMタイアップソングだった。

こういった具合に、テクノロジーの進化とともに3月に離ればなれになる恋人たちの在り方も、テクノロジーやメディアの進歩に下支えされ、変わっていくのである。

(週刊アスキー『恋のDJナイト』より転載&幾分修正)

2009年3 月12日 (木)

卒業のマジックイヤー このエントリーをはてなブックマークに追加

あまりブログを放置するのもあれなので、週刊アスキーの歌謡曲連載の1年前の記事を転載。少し修正しつつ。菊池桃子のドラマ『卒業』と『テラ戦士ΨBOY』が収録された限定DVD欲しいんだけど、ヤフオクでもまだ1万円超えてるんだよなあ。

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1985年は歌謡曲ファンの間では「卒業のマジックイヤー」としてよく知られている年である。

`85年1月21日に尾崎豊の『卒業』が発売され、翌月2月21日に斉藤由貴が『卒業』でデビューを果たした。そして、さらに翌週の2月27日には、菊池桃子の『卒業-GRADUATION-』が発売されている。

卒業ソング三連発。ちなみに`85年はバース岡田がホームラン三連発をバックスクリーンまでかっ飛ばし、阪神が21年ぶりにセリーグ優勝を遂げた年でもある。

さて、斉藤由貴版『卒業』は筒美京平・松本隆のコンビ、菊池桃子版『卒業』は秋元康・林哲司のコンビ。両曲ともに強力なソングライティングチームの手によるもので、どちらにも軍配を上げ難い名曲。

しかし、卒業ソング3曲の中の勝ち組は、当時はもっとも売れなかった尾崎豊の『卒業』だろう。今でもカラオケで歌われ続けており、その場にいる男全員で、「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」のパートを大合唱するのは、この季節の迷惑な風物詩だ。
悪かった過去などなくとも、まるで自分の体験であったかのように錯覚することができるのが尾崎カラオケが愛される理由。

ちなみに尾崎豊はこの曲が発売された年の前年に、高校を中退。母校青山学院高等部の卒業式当日に、新宿ルイードで行った伝説ライブをもってデビューを飾っている。

斉藤由貴は『卒業』でアイドルとしてデビューした後、『スケバン刑事』などで人気を博すが、次第にアイドル歌手を"卒業"し、演技派の女優へと転身していく。また、1990年に雑誌の企画で尾崎豊と知り合い、互いに惹かれ不倫の関係となってゆく。

われらが菊池桃子は1988年にアイドル歌手を"卒業"し、自称"ロックバンド"のラ・ムーを結成。こちらのその後については特には記さないでおこう(「菊池桃子と木村カエラ、どっちが本当のロックだ? 」←こことかで何度も書いてるし)。

1985年は日本社会にとってもある意味卒業の季節だった。それまでは円安に助けられていた国内の輸出産業は、85年のプラザ合意によって規定された円高ドル安路線の中で、自立を余儀なくされるようになる。アメリカからのちょっとした卒業である。

1985年に、実はもう一曲『卒業』というタイトルの曲があった。元わらべの倉沢淳美の『卒業』だ。わらべから高部知子が卒業したのはよく知っているが、この曲のことはよく知らない。
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2009年1 月20日 (火)

飛行機嫌いのアレサ・フランクリン このエントリーをはてなブックマークに追加

もう数時間でオバマの就任演説が始まる。

大統領選の開票すら生中継しなかったテレビの地上波だったのに、今度の就任式はどこも中継するらしい。

気になるのは就任式で歌うアレサ・フランクリン御大が到着しているかどうか(笑)。

アレサはオーティス・レディングの飛行機事故以来、大の飛行機嫌い。全米ツアーはバスで回るし、西海岸で行われるグラミーには衛星中継で出演する。もちろん、海の向こうの日本には一度も来ていない。来日してない最後の大物!

彼女が住む(多分)デトロイトとワシントンDCは、地図で見た感じだとそう遠くなさそうな気もするけど、その道のりは約520マイルとのこと。約830キロとして、日本国内での移動距離に置き換えてみると、だいたい東京-尾道間くらいになる。思ったよりも遠い。

時速100キロで8時間強。あまり、クルマでは行きたくない距離だ。

Obama_2

デトロイト・ワシントンDC間というと、去年の米自動車メーカービッグ3のCEOたちが自動車で移動した事件を思い出す。ワシントンDCまで自家用ジェット機で移動して、全米から大バッシングを受けたあの事件。彼らは、2回目にはジェット機は使わず、デトロイトからワシントンDCまでを約10時間かけて自動車で出向いた。デモンストレーションとはいえ大変だ。

それをアレサは再現する羽目になったわけだけど、ちゃんと到着しているかな?

【関連】飛行機嫌いの天才リスト

2009年1 月18日 (日)

カラオケ史最大の謎 このエントリーをはてなブックマークに追加

カラオケボックスに置かれている歌リストの「ジャンル別」の本には、必ず「軍歌」の欄があり、世の中にはこんなに軍歌が存在するの? ってくらい軍歌が並んでいる。

ま、さもありなん。新宿とかに行くと、軍歌スナックというものがあり、そこには軍歌で盛り上がってカラオケをする客たちが集まっている。これがライトウイングなカラオケカルチャー。
ぼくだって『月月火水木金金』や『同期の桜』くらい歌える。

さて、一方で左翼と歌のつながり。
こっちは、もっと関わりが深い。左翼運動=唄の歴史と言っていい。
労働歌、うたごえ運動、反戦フォークとどれも左翼運動と深く結びついている。
あまり関係ないかもしれないけど日本の最初のヒット曲と呼ばれる『カチューシャの唄』はトルストイの舞台の主題歌だ。

右な人たちのカラオケが軍歌で盛り上がるように、元左翼とかの人たちのカラオケは労働歌で盛り上がるはずだ。

そのだれもが歌える定番曲となると、民青も全共闘のデモ行進でも連合赤軍の山岳キャンプでも合唱された『インターナショナル』なんだけど(ちなみに僕は『インターナショナル』ならそらで歌える)、なぜかカラオケには『インターナショナル』が収録されてない。

なぜだろう? 全共闘世代とかぜったいカラオケで歌いたいはずなんだけど。

同じ疑問は、2ちゃんねるのスレッドでも取り上げられていて、リクエスト工作活動も提唱されていた。

インターナショナルにカラオケを!

9年前のことだが、この工作活動は実っていない。まったくスレが伸びていないし、誰も参加しなかったのだろう。

この件について、ググレカス以外の情報をお寄せください。

2009年1 月 4日 (日)

2008年に刊行された本ベスト10 このエントリーをはてなブックマークに追加

知り合い、お友だちが出した本は極力外すという方向で、2008年に刊行された本の中から、僕が読んでおもしろかった本ベスト10を紹介。この分野のブロガーは少ない気がするので、あえてカルチャー系、音楽本とか黒人関連とかが優先。他の媒体で取り上げた本も除外しました。

昭和三十年代主義―もう成長しない日本
浅羽 通明
幻冬舎
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12月に朝日新聞に寄稿した「地元志向」の原稿を書くに当たり、再度読み直し、この本のおもしろさを再確認した。手前味噌を言うと、「ケータイ小説的。」とテーマはよく似ている。参照している研究も一部かぶっている。消費社会に対する疲弊が生まれていて、それが「地元志向」や「純粋願望」みたいなものになっているという指摘。

ゼロ年代の想像力
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宇野常寛
早川書房
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やっぱりこれも「地元志向」の話として読んだ一冊。『昭和三十年代主義』と同じテーマを別の方向から語っている本として並べておきたい。個人的には、浜崎あゆみとケータイ小説が決断主義に入れられてないところに不満が残った。

世界の電波男 ― 喪男の文学史
本田 透
三才ブックス
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行数にしてみればたいした量ではないが、あだち充論の部分が秀逸。正直、僕の中にはモテ非モテ問題とか、性愛の問題みたいなものはかなり希薄なので前作の『電波男』はそれほど乗れなかったけど、「世界の~」は、掛け値無しにおもしろかった。文章のおもしろさで言うと、現存の批評家の中でもナンバーワンだと思う。

ZEEBRA自伝 HIP HOP LOVE
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ZEEBRA
ぴあ
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ケーダブ自伝の50倍濃くておもしろい。東京生まれヒップホップ育ちでも、マイケル・シェンカーとマイケル・ジャクソンが同時期に好きで、YMOの影響も受けているという80年代前半の日本のリアル。そして、星新一好きの側面などが書かれている。祖父・横井英樹に「これ読め」と城山三郎を読まされた話と、氷室京介にほめられた話がいい。

友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)
土井 隆義
筑摩書房
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高野悦子と南条あやという2人の少女の自殺の比較で社会の変化を示す第二章が特に見事だった。

グ、ア、ム
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本谷有希子
新潮社
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地元志向の妹と、自分探しの姉が母を連れてグアム旅行に行くお話。舞台はグアムのショッピングモール、そして、母娘の物語。短編といっていい短い小説だけど、がんがん興味のあるモチーフを突っ込まれていておもしろかった。

ブラックパンサー エモリー・ダグラスの革命アート集 (P-Vine Books) (P-Vine Books)
サム・デュラン
ブルース・インターアクションズ
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「左翼思想とはグラフィック・デザインのことである」、と言いたい。大学の新左翼の立て看板、ロシア構成主義、あと都築響一の仕事で、文化大革命をグラフィックで見るという「プラネット・マオ―文化大革命のグラフィック・パワー 」という本も秀逸だった。この本は、P-Vineが出した、米の黒人過激反体制組織ブラックパンサーのアート集。ディスコイラストレーターの江守藹も、エモリー・ダグラスの影響を受けていたのか、とショックを受けた。とかいってもあまり理解されないと思うけど。

ポケットは80年代がいっぱい
香山リカ
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枚数で言うと、一冊の分量を満たしていないくらいの本だけど、『遊』や『HEAVEN』界隈の濃密な80年代渋谷界隈な空気が描かれている。若き日の三田格も登場する。

まなざしの地獄
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見田 宗介
河出書房新社
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これは復刊もの。永山則夫に関する本を大量に読むと、多くがこれをネタ本にしているので、読まずとも半ば読んだも同然だった。ついに、今年復刊されてオリジナルに触れることができた。

カラオケ秘史―創意工夫の世界革命 (新潮新書)
烏賀陽 弘道
新潮社
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タイトルはウソで、初めて書かれる「正史」。ウソがまかり通るカラオケ発明史を、詳細な取材で明らかにした一冊。カラオケボックスがその歴史のはじめからロードサイドビジネスだった話など、消費社会論としても読めた。この著者がカラオケについて本を書いているという話をどこかで目にしたのが、2年以上は前だったはず。長い時間かけてかけて書かれた一冊なんだろう。面識はないですが、裁判がんばって欲しい。

2008年12 月 4日 (木)

ラーメンとナポリタンはいかにして日本の国民食になったか このエントリーをはてなブックマークに追加

ナポリタンとラーメン。僕らの世代は、子どもの頃から食べていて、大好きな食べ物の両巨頭と言ってもいいくらいの存在だった。大体、海外旅行に行って帰ったら日本食の何が食べたいかというと、まずラーメンが食べたくなる。

いやいやラーメンは日本食じゃないから、と思うかもしれないが、ラーメンは日本食以上に日本人のナショナリズムに根ざした食べ物だったりする。

さて、僕が尊敬する片岡義男の最新作は、『ナポリへの道』という、スパゲティナポリタンと戦後の日米に関する文化論だ。

“スパゲッティー・ナポリタン”とイタリアの都市ナポリは、何の関係もない。ナポリタンは100%日本生まれの日本料理。アメリカの進駐軍が食べていたケチャップのスパゲティをベースにして、横浜のホテルニューグランドのシェフが考案したものだ。

片岡義男の『ナポリへの道』は、このパスタの麺にケチャップをかけた食べ物に、敗戦、進駐軍、民主主義など、アメリカの影としての日本の姿を見る。中でも一番重要なのは、これが小麦食品であるという部分だ。

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2008年11 月 3日 (月)

フランク永井と広告都市有楽町の50年 このエントリーをはてなブックマークに追加

先日他界したフランク永井については、拙著『タイアップの歌謡史』で、黎明期の広告タイアップソングの成功モデルとして取り上げたことがある。

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2008年10 月23日 (木)

『紫の青春~恋と喧嘩と特攻服~』感想 このエントリーをはてなブックマークに追加

紫の青春 ~恋と喧嘩と特攻服~
中村 すえこ
ミリオン出版
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美談としてフィルターがかかりまくっているケータイ小説と違って、本当に「本当にあった話」である、北関東のレディース連合の2代目総長の自伝。

ヤンキー色ガンガンの表紙やタイトルだけど、若くして登りつめ、一気に転落し、そこからはい上がり幸せをつかむというジェットコースター人生が綴られる中身は、成功体験、人生哲学本として読めるもの。サブカルチャーの棚だけではなく、恋愛・生き方エッセイの棚にも並べてもらえるといいと思う内容。

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2008年9 月18日 (木)

クラスの一番かわいい子レベルがマックでバイトしない問題 このエントリーをはてなブックマークに追加

知り合いのものすごく可愛い女の子の話 - ハックルベリーに会いに行く

僕が10代の頃、クラスで一番かわいい子レベルの女の子たちって、マックやロッテリアでバイトしていた。ひょっとしたらまだ地方だとそうかもしれないけど、高校生ができるバイトの中で、もっともステイタスが高かったのがファストフード店の店員だったから。

そういったステイタスがなくなったのか、マックのバイトっていうのは、そういう憧れの対象ではなくなってしまったなあ、とは常々思っていた。

では、マックの店員がなぜあこがれの存在だったのかというと、かつてはマクドナルドがそれ相応の努力をしていたからと考えることができる。

例えば下のブログに写真があるけど、リカちゃんのマクドナルドショップという、リカちゃんがかわいいマックの制服を着た商品が発売されていたりする。

マクドナルドショップとリカちゃん。。。(かわいい暮らし。)

この制服は人気が高かった90年代のバージョン。このように、おもちゃメーカーとのタイアップを行い、子ども時代からマックの店員にあこがれるような下地作りをしていた時代があって、ステイタスが保たれていたということの証拠でもある。

リカちゃんとマクドナルドのタイアップがいつからはじまったのかはわからないが、1984年にリカちゃんのマクドナルドショップが発売。香山家の年表にも、リカちゃんがマックでバイトをはじめたという項目が記録されているようだ。

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2008年8 月30日 (土)

哀しい大人になってしまった…夏 このエントリーをはてなブックマークに追加

 稲垣潤一『思い出のビーチクラブ』、杏里『最後のサーフホリデー』は、`87~`88年のカナダドライ・ジンジャーエールの87年,88年のCMソング。バブル真っ盛りの夏。

清涼飲料水のCMで言うと、コカ・コーラがこの分野の歴史を作ってきたのだけど、コカ・コーラはわりと日本の夏とコカ・コーラという和風路線。逆に、わかりやすく、夏、リゾート、恋という路線を打ち出していたカナダドライは、ちょっと大人な感じのアーティストを使ったCM展開をしていた。

ちなみに、1987年は“総合保養地域整備法”、つまり通称リゾート法が制定された年でもある。
当時中学生だった僕は大学生になったらリゾートに行って、「避暑地の恋」をするんだと、胸をときめかせていたものだった。まさか、自分が大学に入った頃にバブルが弾けるとは露知らず。いや、それよりもっと致命的だったのは、三流大学にしか入れなかったことだったのだが。

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2008年8 月21日 (木)

『東京デッドクルージング』東京論としてのノワール小説 このエントリーをはてなブックマークに追加

東京デッドクルージング このミス大賞シリーズ
深町秋生
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マフィア、ヤクザ、腐敗した警察といった組織犯罪を描き続けるノワール小説の書き手・深町秋生の特徴は、大沢在昌や馳星周といった先行世代のクライム作家たちが舞台として新宿歌舞伎町のような都会を選ぶのと反対に、地方都市、郊外的風景を選ぶところにある。

デビュー作の『果てしなき渇き 』は、16号線沿いのコンビニ強盗から始まっていたし、青春小説の要素が入った2作目の『ヒステリック・サバイバー』は地方都市が舞台だった。『OUT』に代表される桐野夏生の小説が、ノワール系作家の作品よりもリアルに感じられるのは、取材力もあるのだが、彼女が舞台として選ぶ郊外や地方のリアリティーが関係にしているように思う。都会を戯画的に描くのではなく、郊外をリアルに描くのが桐野だとすれば、深町はその線上にいるように思う。なので、その深町の最新作のタイトルが『東京デッドクルージング』とは気にくわないなあと思っていた。

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2008年8 月15日 (金)

ファミレスはもう手遅れになっている 33 users(推定) このエントリーをはてなブックマークに追加

タイトルはホッテントリメーカーによるもの。

Dennies すかいらーく創業社長の追放劇があって、その後、再建策として出されたリストラ案は、グループ約4000店舗のうち200~350店舗の閉鎖というものだった。で、それに先立っては、デニーズも全店舗の店の約4分の1にあたる140店舗の閉鎖を検討しているというニュースもあった。

これらのニュースを見るに、ファミレス業界がもう衰退期に入っているということは誰の目にも明らか。ファミレスが三度の飯よりも好きな僕としても、この事態は他人事ではない。

近年のファミレスが直面する問題とは、「ファミリー」層の流出という、ファミレスという名のアイデンティティに直結した、まさに「名ばかりファミレス」問題だ。

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2008年8 月 5日 (火)

トム・クルーズ映画から学ぶ中二病患者のハローワーク このエントリーをはてなブックマークに追加

キムタク主演のドラマは、彼がカリスマ美容師、検事、パイロット、カーレーサーといった具合に、ある種の職業を演じる、職業ものシリーズという見方ができる。そして、こういった一連のドラマの存在が、その時代の職業観に影響を与えている部分もあるのだろう。しかも、最も最近のドラマではついに総理大臣までやってしまった。

こういったひとりの役者がいろいろな職業を演じるという路線は、トム・クルーズが『トップガン』以降に出演した映画群、80年代から90年代に出演した一 連の職業ものをなぞっているのだろう。当時のトムが演じた職業は、海軍パイロット、流しのギャンブラー、バーテンダー、レーサーなどといった感じだった。

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著書

about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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