2012年1 月13日 (金)

日本の縮図としてみる箱根駅伝(のCM) このエントリーをはてなブックマークに追加

ほんと、皆好きだよね箱根駅伝。僕も実はここ数年欠かさず見るようになっている。箱根駅伝は、この国の新年のイベントで最も重要なもののひとつだ。

K-1にJリーグ、そしてプロ野球と相撲まで、長い歴史を持つさまざまなスポーツ中継の視聴率がふるわず、地上波の枠からずり落ちていく中で、圧倒的な強さを持って箱根駅伝は放送される。2日の往路で27.9%、3日の復路が28.5%。これは正月三箇日の全テレビ番組でトップの数字。

有名でもない大学生が箱根までの道を走るだけのレースになぜ? と思うが箱根駅伝は、日本社会の構造そのものだ。厳然と残る企業や官庁、公務員の学閥。また、一流大学の牙城に二流大、新興勢力が切り込もうとする図も、現実の企業社会の光景でもある(で、無力感に苛まれたり)。体育会系出身者たちが学生時代の先輩後輩を巡って仕事を取ってくることで成り立つ営業。箱根の山を競うレースに、日本の企業社会の縮図が編み込まれている。そうした日本社会の文脈が刻み込まれているイベントなので、ある程度それを共有する階層にしか楽しめないだろう。海外には輸出不可能なハイコンテクストコンテンツだ。

パチンコやケータイゲームのスポンサーしか入らない格闘技の中継なんかと違って、箱根駅伝のスポンサーは超豪華だ。ある程度、高い階層の視聴者層を見込めるので、引く手あまただろう。駅伝が日本の企業社会の縮図なら、箱根駅伝のCMは日本経済の縮図である。

メインスポンサーはサッポロビール。あと、トヨタやホンダといった自動車メーカーが続くが、中でも圧倒的に目につくのがマンションデベロッパー各社のCMである。三菱地所レジデンス、三井不動産レジデンス、野村不動産、明和地所、ゴールドクレスト、大和ハウス……etc。

個々のCMに目を配ると、最もわかりやすくゴージャス感を売りにしているのが、野村不動産のプラウドのCMだ。

Proud

ロケ地はマリーアントワネットやナポレオンも使用した「フォンテーヌブロー宮殿」。世界遺産だそうだ。BGMは、ガーシュインの『Someone To Watch Over Me』を平原綾香がスキャットで歌う。このご時世に、これだけ贅沢を尽くす趣旨のCMが作られるのはむしろ爽快だ。

一方、外観のゴージャスではなく、生活のぜいたくさをアピールするのが三菱地所である。CMソングは、竹内まりやのヒット曲『家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)』。

Mitubisi

恋するには遅すぎると 言われる私でも 遠いあの日に 迷い込みたい気分になるのよ♪



CMはこちら→ http://www.mecsumai.com/cm

このCM及びCMソングからは、彼らが商品を売りたいと考えているターゲット層が見えてくる。この歌の主人公は、すでに恋する年齢を超えているのだという。つまり既婚者。子育ても一段落し、生活が落ち着いた主婦を題材にした歌だ。ちなみにこの曲は、20年前のヒット曲だ。これを作った当時の竹内まりやは30代半ば。

『家に帰ろう』と歌うこの歌の主人公家族が住む“家”は、多分、一軒家なのだろう。子どもができて郊外の広めの家に引っ越したのだ。もちろん、35年ローンで購入したのである。

あれから20年。竹内まりやも今年で57才である。

さて、30代半ばだった歌の主人公の主婦も、同じくもう60才に近づいている。ローンも繰り上げ返済でそろそろ返し終えている頃だろう。子どももとっくに独り立ちしている。そろそろ老後の暮らしをどうするかに思いを巡らす年代だ。老後の生活は、都心のマンション暮らしが便利かな、なんて。

そんな人々が、どれだけいるのかはわからないが、このCMが狙うターゲット層は、そんな人々だろう。そこを見据えて、いまこの歌をCMソングに採用したのだろう。

実際うちの親なんかは、このCMのターゲットでもおかしくない状況を迎えているし、それを消費してもおかしくない社会階層といっていい。

正月のCMからそんなことが突きつけられた。この国の金融資産の約8割を、50代以上が保有しているのだから仕方ない。箱根を必死の形相で駆けていく若者たちと、高齢者をターゲットにしたゴージャスなマンションのCM群。この国の縮図がまさに箱根駅伝には詰め込まれているのだ。



2011年11 月24日 (木)

『ラーメンと愛国』元ネタブックガイド このエントリーをはてなブックマークに追加

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)
速水 健朗
講談社
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僕の著書『ラーメンと愛国』、発売一ヶ月。つい先日、増刷も決まり、媒体の書評だけでなくネットでの感想なども多くいただいています。
今回は、参考図書ではなくて、この本のラーメンを軸に日本の戦後史を振り返るという発想の元になったいろいろな本を取り上げたいと思います。つまり、元ネタブックガイドです。

ナポリへの道
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片岡 義男
東京書籍
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まず、本の中でも触れた片岡義男『ナポリへの道』。これは、戦後に進駐軍の兵隊がパスタにケチャップをかけたスナックが、戦後日本人の子どもの好物として定着していくという物語から、戦後の日米の関係を見出していくという、片岡義男らしいアメリカの影としての日本を描き出していく一冊。これのラーメン版が『ラーメンと愛国』でぼくがやりたかったことです。

 

シンセミア〈1〉 (朝日文庫)シンセミア〈2〉 (朝日文庫)シンセミア〈3〉 (朝日文庫)  

「ラーメンと愛国」の冒頭はアメリカの小麦戦略の話で始まります。読んでる人は「あ、シンセミア」と思うはず。阿部和重の「シンセミア」は、パン屋とレンタルビデオ屋が町の権力者として君臨する地方都市を戯画化して描いた長編小説。この小説におけるパン屋は、アメリカの権力の代行者。「ラーメンと愛国」は、ノンフィクションだけどラーメンという小麦食の食べ物=アメリカの影を通した戯画化したラーメンの戦後史をやりたかったんですよ。

菊とバット〔完全版〕
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ロバート ホワイティング
早川書房
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元ネタという意味で、実際に一番ぱくっているのはこれ。著者のロバート・ホワイティングは、「助っ人外人」として日本に来た大リーガーに取材して、日本の野球の特殊さをおもしろおかしく綴っている。つまり、アメリカから輸入されたベースボールが、日本人の生活の中に組み込まれ、日本人式にローカライズされて定着し、野球となった。この構図は、中国由来の支那そばが、日本式にローカライズされてラーメンになるのと一緒。実は「ラーメンと愛国」執筆中に考えていた仮題は「菊とラーメン」でした。前書きとかは、丸ごとぱくろうとまで考えていた。

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性
小熊 英二
新曜社
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これはタイトルの元ネタ。内容的には真似た部分はないが、とても読みやすくおもしろい本。僕の本では日本が戦争に負けた理由を、生産技術という思想の有無としたが、こちらの本でも日本が戦争に負けた理由が前半で読み解かれる。この本では、日本人の組織の腐敗体質が原因とされる。これは、3.11後にこそ読まれるべき内容。
ぶっかけめしの悦楽
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遠藤 哲夫
四谷ラウンド
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これは、国民食と呼ばれるカレーライスのルーツを、インドや英国に求めるのなく、ぶっかけめしという、日本、アジア由来の食文化のルーツに求め、その歴史や文化を追求していくというもの。ラーメンのルーツを中国ではなく、小麦食、小麦の背景にあるアメリカに求めるという発想や、ストレートではない文化史の書き方として、この本の影響を受けています。まさか、著者にツイッター上でディスられるとはね(笑)。

というわけで、『ラーメンと愛国』は、これらの本からアイデアをパクっています。ありがとうございました&お世話になりました。

2011年10 月13日 (木)

講談社現代新書のカバーの色のひみつ このエントリーをはてなブックマークに追加

Gendaishinsho

講談社現代新書のデザインといえば、特徴的なのがカラー。以前から気になっていたんですけど、ジャンルで色分けしているわけでも、著者ごとにカラーが決まっているわけでもありません。

いつだって大変な時代 (講談社現代新書) 江戸の気分 (講談社現代新書) 落語論 (講談社現代新書) 落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)

同じ著者でも、このようにばらばら。

上の例でいうと、『いつだって大変な時代』と『落語の国からのぞいてみれば』は、同じ黄色系だけど、前者の方がより明るい黄色。CMYKで現すなら、前者がY=100 M=25 くらいで、後者はそれにCを10くらい混ぜた感じでしょうか。

分野別でも、著者別でもないということは、何かを見分ける記号として利用しているわけではない模様です。自分の本棚の現代新書を集めてみても、やっぱりばらばらで、統一性があるようには思えません。

これについて、現代新書の編集者に直接聞いてみました。すると、講談社現代新書のカバーの色は、全部違うのだといいます。これは驚きました。

印象としては、10色くらいのバリエーションから、適当に振り分けてるのかなあ、くらいに思っていたのですが、全部別の色なんですね。

今のデザインになったのは、2004年10月刊行から。創刊40周年でのリニューアルで、通巻1738冊目Dobutuから変わったといいますそれ以後、月に4、5冊ペース300冊以上が刊行され、それ以前のものも、再版時には新カバーで出直しているので、数はわからないけど相当の点数が刊行されているはず。

その全部が、基本的には別の色なんですね。

 

 

で、一体どのように色が決められるのかについても聞いてみたのですが、それはデザイナーと編集者の話し合いで決まるとのこと。実際、どういう意図をもって具体的に、決められていくのかは興味があります。

例えば、福岡伸一の『生物と無生物のあいだ』は緑。これは、「生命とは何か?」の帯にあるように、生命のイメージ=植物の葉の連想なのか、それとも本の序盤で延々と語られるワシントンの自然の描写の印象なのか、どっちにせよ緑というのはわかる気がします。

あと、最近のこのブランドのヒットでいうと、橋爪大三郎と大澤真幸のこれがあります。

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

 

ウェブでは表示されませんが、これ金です。特色ですね。この2人の組み合わせだと、そりゃ金というのは、仕方がないかとw

さて、この記事は、僕の本の発売のプロモーションです。僕は10月18日に、講談社現代新書から本を出すことになりました。さて、一番気になるのが、何色になるのかという部分。どう色が決められるのかが実際に目の当たりにできるチャンスです。

この本は、タイトルどおりラーメンの本です。とはいっても、ラーメンそのもののうまい店情報とかではなく、ラーメンを通した戦後文化史、経済史みたいな内容です。本の中の小さくないテーマとして、色の問題も扱っています。ラーメン屋のイメージカラーは、80年代までは赤。中国のナショナルカラーです。それが、90年代以降、紺や黒になっていきます。これは、むしろ日本のトラディショナルカラーです。そんな話。なので、僕としてはラーメンののれんのイメージの赤、もしくは今どきのラーメン屋の感じがある濃紺辺りを想定していました。

で、実際の表紙がアマゾンに反映されました。どん。

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

 

アマゾンの写真で見ると、少しオレンジががかって見えるかな。実物は、もう少し黄色に近い感じかもしれません。

で、なぜこの色なのか。僕は、その理由を聞いてちょっと感動しました。

Ramentoaikoku
そう、チキンラーメンのパッケージカラーなんですね。

本の中で、もっとも重要な存在として登場させているのが、日清食品の創業者、安藤百福であり、彼の発明したチキンラーメンを、これまでとは違った評価の仕方で取り上げています。具体的には、チキンラーメンの生産の手法、宣伝の手法は、日本版マスプロダクツ、マス広告のプロトタイプだったということ。そして、チキンラーメンを通して日本の流通の変革、メディア状況の変化、そして日本人の農村から都市へというライフスタイルの変化に伴う食生活の変化を語ることができるというのが、本書の骨格のひとつとなっています。あと、日本人のものづくりという思想の変化も、この製品には現れていました。

そんな本の具体的内容から、チキンラーメンのパッケージカラーを表紙に配すというアイデアにつながったというわけです。手に取った読者の大半は、本のカバーの色と内容が関係しているなんて、つゆとも思わないかも知れません。でも、そこには一冊一冊に配色を巡る物語がある。改めて本作りのおもしろさというか、編集やデザインの奥深さについて考えさせられました。

というわけで、この本をぜひチキンラーメンと並べてみてください。書店員のみなさまは、ぜひチキンラーメンと並べて本書の陳列を!

発売日は2011年10月18日。著者3年半ぶりの著作です。書店員のみなさま、ブログの読者のみなさま。なにとぞよろしくお願いします。

 

日清 チキンラーメン袋ミニ3食パック 60g×6個
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速水 健朗
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2011年6 月 2日 (木)

渋谷公園通りルックバック・エイティーズ&ナインティーズ このエントリーをはてなブックマークに追加

渋谷駅を降りて、NHK、代々木公園方面へ登る坂道が「公園通り」と呼ばれるようになったのは1970年代のこと。`73年に渋谷パルコがオープンし、その時の広告で使われた「すれちがう人が美しい ~渋谷公園通り~」というキャッチコピーを受けた地元商店街が、以後この通りの通称を公園通りに変えたのだ。

渋谷が若者の街というイメージを帯びるようになったのも、基本的にはこの頃以降である。とはいえ、公園通りが渋谷においても特別な場所だったのは、1980年代まで。その当時の公園通りを歌った歌に、堀ちえみの『公園通りの日曜日』(1982年)がある。

 

一人歩いてた公園通りで やけに見慣れてる赤いトレーナー
彼だと気付くまで 5分もかかった
かわいい人ね 手をつないで話してたから

日曜日。公園通りを歩いていた主人公の少女は、見慣れた赤いトレーナーを着た男の姿を見つける。その彼とは今日デートする予定だったが、前の晩、彼からの電話でキャンセルされたばかり。なんと男には本命の彼女がいたのである。自分は恋人と思いこんでいたが、実は妹的な存在にしか見られていなかったということにようやく気づく悲しい恋の歌だ。

トレーナーという言い方が時代を当時の空気を現している。80年代と言えばトレーナーである。スウェットでもリバースウィーブでもない。トレーナー。しかも袖とかだぶだぶしてるやつ。80年代を代表するブランドとして、セーラーズの名前を挙げることができる。おニャン子クラブを始め、芸能人御用達のブランドである。  セーラーズのメイン売れ筋商品もトレーナーだった。そして、セーラーズのショップも、公園通りの脇道にあった。
Sailors

この堀ちえみの曲の作詞作曲を手がけたのは、竹内まりやである。竹内まりやは、この15年後の1997年に広末涼子のデビュー曲『MajiでKoiする5秒前』でも、渋谷を舞台にして少女の初デートを描いている。
 

ボーダーのTシャツの 裾からのぞくおへそ
しかめ顔のママの背中 すり抜けてやって来た
渋谷はちょっと苦手 初めての待ち合わせ
人並みをかきわけながら すべり込んだ5分前

80年代がトレーナーなら、90年代はTシャツと言うことになる。正しい変遷である。

若者の街としての渋谷の中心が公園通りだったのは、1970年代末~1980年代までのこと。そのあとに登場する「コギャル世代」にとっての渋谷と言えば、センター街である。ランドマークで見るなら、パルコから109へということになるだろうか。しかしこの広末の歌にも公園通りが登場する。

「さりげなく腕をからめて 公園通りを歩く♪」

おそらく、この歌の主人公の少女は、ちょっとだけ大人を気取って公園通りを選んでみたのだろう。さっきまでプリクラを撮っていた女の子が、急に腕をからめるというのは、そういう表現であるような気がする。

そして、この広末の歌から気がつけば、15年近い歳月が経った。いまの渋谷の中心は、どこだろう。東急本店向かいのフォーエバー21が目立つか。そして、その少し裏には高相通り。そう、もはや渋谷と言えば公園通りでもセンター街でもなく、高相通り(at 職質)である。
そうそう、今春もボーダーが流行ってるね。

 

2011年4 月15日 (金)

人口減少社会の赤ちゃんソング このエントリーをはてなブックマークに追加

国土交通省が「国土の長期展望」という報告において、2050年までに日本の総人口が、現在の25パーセントに減る可能性を指摘した。この国の将来を考える上で、人口減は避けては通れない障壁だ。

2年ほど前に妊娠ヌード写真を発表して話題を集めたhitomiが、やはり2年ぶりとなるシングル『生まれてくれてありがとう』を発表した。題名通り、生まれた赤ちゃんに感謝する歌である。

あなたが笑うと 幸せになる あなたが泣くと 悲しくなるの
いつもオロオロ だめなママごめんね ごめんね こんなママ
サンキュー マイベイビー サンキュー マイベイビー
生まれてくれてありがとう

あなたの未来は日本の未来 あなたの未来は世界の未来
愛するあなたにもう一度

赤ちゃんソングと言えば、ミリオンセラーを記録した1963年の梓みちよ『こんにちは赤ちゃん』があった。あれから半世紀が経っても、母親になること、赤ちゃんが生まれることの喜びは変わらないだろう。その感触は、歌の歌詞からも伝わってくる。だが、生まれる赤ちゃんが置かれた位置には少し変化が生じたかも知れない。

まだまだ日本の総人口は急速に伸び、高度経済成長期ど真ん中の時代に歌われた『こんにちは赤ちゃん』では、「こんにちは 赤ちゃん あなたの未来に♪」と、赤ちゃん自らの未来が祝福されているが、hitomiの『生まれてくれてありがとう』では、「あなたの未来は日本の未来♪」と、赤ちゃんの側に日本という国家の未来が託されるているのだ。

伊藤計劃の『ハーモニー』という小説がある。その舞台は、人口減の末、子どもを極端に大事にするようになった未来の社会だ。子どもは社会のリソース(公的資産)であり、科学技術によって怪我や病気から守られ、自殺も許されない。人口が急速な減少期に入り、極端な少子化が過剰保護、過剰監視の社会を生み、子育てが母親から取り上げられ、社会が引き受けることになる。オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』などでは、赤ちゃんがオートメーション化で大量生産されるため、子育てと教育は社会が行うものになっていたが、それとは正反対の理由によって子育てが社会化された世界。

社会が子育てを引き受ける状態というのは、福祉国家の目指す正しい道だが、それが行き過ぎるとSF的なディストピアになる。hitomiの『生まれてくれてありがとう』は、ほんのちょっとではあるが、そっちの方向に半歩踏み出している感がある。

一時は過去の人となっていたhitomiだが、妊婦となり、さらに母となることで、その立ち位置とターゲットをシフトしていくことで復活を遂げつつある。その背景には、ちょっとした人口減少社会の価値観の変化を見事に見いだし、マーケティングの舵取りを行った跡が見える気がする。ほぼ間違いない。米軍情報。

 

生まれてくれてありがとう/Smile World(DVD付)
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ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
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2010年12 月25日 (土)

「ショッピングモーライゼーション」ブックガイド15 このエントリーをはてなブックマークに追加

思想地図β vol.1
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東浩紀
合同会社コンテクチュアズ
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好評発売中「思想地図β」のショッピングモール特集の中で、「ショッピングモーライゼーション」という造語を用いてショッピングモールに近似する現代の都市の姿を表す論考を書き、商業、都市計画、交通の3つを横断した二〇世紀の年表をつくりました。 論考や年表をつくるのに必要とした資料、参照した本、趣味で読んだけど関係している本などもまとめておきたいと思います。
創造の狂気 ウォルト・ディズニー
ニール・ガブラー
ダイヤモンド社
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↑論考の冒頭で取り上げた、ウォルト・ディズニーの都市計画への興味、テーマパークとしての「EPCOT」ではなく、ウォルトの実際の都市計画を取り上げている。論考には写真が使えなかったけど、この写真はとても入れたかったもの。

 

Epcotcutaway

ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味 (ちくま学芸文庫)
ヴァルター ベンヤミン
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↑一九世紀のパリの町並みの変化とパサージュ(アーケード)の誕生に触れたエッセイが掲載。

 

消費社会の神話と構造 普及版
ジャン ボードリヤール
紀伊國屋書店
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↑1970年の本。当時ベルサイユ近郊に出来たショッピングモールについて触れている。ボードリヤールは、ショッピングモールを「都市全体に広がったドラッグストア」と称した。

 

百貨店の博物史
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海野 弘
アーツアンドクラフツ
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↑一九世紀に生まれた百貨店を博物的に扱っている。

 

覇者の驕り―自動車・男たちの産業史〈上〉 (新潮文庫)

 

ディビット ハルバースタム
新潮社
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覇者の驕り―自動車・男たちの産業史〈下〉 (新潮文庫)
ディビッド ハルバースタム
新潮社
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↑T型フォードの大量生産“フォーディズム”から、日本の自動車産業の発展・労働闘争、生産管理の技術、自動車産業に陰りが見える70年代の米中西部の内幕など、幅広く自動車産業の歴史を追ったとにかくおもしろい本。僕は個人的にはハルバースタム風に、商業技術とショッピングモールの歴史についてドキュメントを書いてみたいと思う。

 

サバービアの憂鬱―アメリカン・ファミリーの光と影
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大場 正明
東京書籍
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↑アメリカのサバービアとその文化について書かれた抜群におもしろい本。ネットで全文読めるが、本は入手困難。文化論としてのショッピングモールは、今回あまり触れられなかったが、この本のような手つきでショッピングモールが登場する映画などに触れていく本とか誰か書かないかな。ちなみに、この本で、ショッピングセンターとショッピングモールの定義の違いが語られてますが、今回僕は採用しませんでした。

 

America's Marketplace: The History of Shopping Centers
Nancy E. Cohen
Intl Council Shopping Centers
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↑アメリカでは、ショッピングセンターの歴史の本はちゃんと刊行されています。ただ、あまり厳密な歴史を辿っているというわけではないけど。

 

ハイウェイの誘惑―ロードサイド・アメリカ (カリフォルニア・オデッセイ)
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海野 弘
グリーンアロー出版社
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↑上で取り上げた百貨店の本に引き続き、海野弘によるアメリカのハイウェイから見る郊外文化という本。インターステイトハイウェイがアメリカ文化の分岐点だったことを説いたもの。この人の仕事、目のつけどころにはとても刺激を受けます。

 

消費社会の魔術的体系 (明石ライブラリー)
ジョージ リッツア
明石書店
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↑あらゆる商業空間がショッピングモール化する現状について書いているという意味では、ドンぴしゃな一冊なんだけど、テーマ以外はつまらない本だと思いました。

 

ディズニー化する社会 (明石ライブラリー)
アラン ブライマン
明石書店
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↑テーマパーク側からショッピングモーライゼーションを語っている一冊。

 

レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈上〉
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トーマス フリードマン
草思社

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レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈下〉
トーマス フリードマン
草思社
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↑ジャーナリストが、90年代初頭に政治と経済と技術を同時に把握し、世界を見ることの重要さに気がつき、グローバリゼーションというテーマを見つけるという興味深い一冊。この本のマクドナルド理論をアレンジし「“ショッピングモールにGAPが進出している国、及びそのサプライチェーンに組み込まれた国同士は戦争をしたからない」と書きました。

 

アメリカ大都市の死と生
ジェイン ジェイコブズ
鹿島出版会
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1961年の段階で、都市のスプロール化を批判した女性ジャーナリストの手によるもの。大定番だけど、抄訳ではないものが昨年ようやく刊行された。ネットで訳者(山形浩生)による後書きが読める

 

都市のセンター計画 (1977年)
中津原 努 ビクター・グルーエン
鹿島出版会
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↑都市計画家でショッピングモールの産みの親の1人であるビクター・グルーエンが、なぜショッピングモールの建設に血道をあげたのかがわかる貴重な本。若き日の八束はじめ氏が、実はグルーエンの翻訳に関わっていたとご本人から伺った。

2010年5 月 6日 (木)

『きかんしゃトーマス』擬人化される帝国(前編) このエントリーをはてなブックマークに追加

Thomas

鉄腕アトムやドラえもんといった日本の漫画やアニメに出てくるロボットには、顔が付いていて、人間らしい感情を持って描かれる。こうした傾向は、偶像崇拝をタブーとしない、アニミズムが根付いた日本人特有のものと説明されることがある。また、鉄腕アトムを目指そうとするから日本のロボット技術は優位を保っているのであるという理屈へとつながっていくのも常である。


それは本当にそうなのか。機械の擬人化は日本人のお家芸? 少なくとも、1945年に絵本として発表され、のちに人形劇として世界中で人気を得るイギリスの『きかんしゃトーマス』の方が、鉄腕アトムよりもよっぽど早い。

■1990年代のクールブリタニア

英国では1984年にスタートしたテレビ番組『きかんしゃトーマス』は、日本の子供番組『ポンキッキ』の中の1コーナーとして1990年に放送が始まっている。


SpikeIslandPoster 1990年の英国といえば、ストーン・ローゼズのペンキぶちまけ事件の年である。これは、英国から新しい流れが生まれる予兆のような事件だった。この数ヶ月後、ストーン・ローゼスの3万人近い若者たちを集めて行った伝説のスパイク・アイランドのライブは、60年代の熱狂の再来と呼ばれ、没落した帝国イギリスがソフトパワーで世界に影響力を持つ90年代の幕開けとなった。The-Stone-Roses--Th-Stone-003

英国発のポップミュージックが世界の市場を制したのは三度。一度目はビートルズやストーンズがいた60年代。アメリカのロックンロールが英国に渡り、ティーンエイジャーのための音楽が生まれた時期。二度目はデュラン・デュランやカルチャークラブらニューウェーブの流れを組んだポップグループらが登場した80年代。これはジャマイカの音楽の影響を受けた新しい音楽が英国のポピュラー音楽に影響を与え、MTVなどメディアの変化とともに世界に発信された時期だ。この両時期は「第一次、第二次ブリティッシュインヴェイジョン」と呼ばれる。

そして三度目が90年代半ばのブリットポップ。オアシスらを中心とした「ブリットポップ」は、セカンドサマーオブラブとも呼ばれたマンチェスタームーブメントと連続性を持っていて、基本的には60年代回帰という要素を持っていた。オアシスは自分たちがビートルズ以来の存在であることを明言し、「ブリティッシュインヴェイジョン再び」という流れをつくり出した。


Kateただし、この時期を指して「第三次ブリティッシュインヴェイジョン」と呼ぶ傾向は見られず、むしろ、「クールブリタニア」という言葉が用いられる。この時期に全世界に輸出されたイギリス発のソフトパワーは、音楽産業に限らなかったからだ。ファッション業界ではジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーンといった若手デザイナー、そしてモデルではケイト・モスが台頭した。また、イギリ ス映画『トレインスポッティング』が、世界的なヒットを記録した。

「クールブリタニア」とは、「イギリスらしさとは何か」というナショナルアイデンティティを自らに問い、かつて英国がソフトパワーによって世界を席巻した時代(60年代)を再現しようという運動である。

英国のソフトパワーを武器に世界に「イギリスらしさ」を再認識させようという動きは、1997年に首相に就任したトニー・ブレアの主要政策にも用いられた。いま、日本でもよく言われる「クールジャパン」は、まさにこれの焼き直し政策である。

こうしたクールブリタニア――イギリスらしさを前面に打ち出すナショナリスティックな運動――とストーンローゼズのペンキぶちまけ事件は、ひとつの線上に並ぶ出来事であり、『きかんしゃトーマス』が日本に輸出されたのは、そんなクールブリタニアの胎動期の1990年のことなのだ。

話が長くなったが、ここからがトーマスの話である。

■トップハム・ハット卿のソドー島

90年代のイギリスのソフトパワーのひとつに『きかんしゃトーマス』を加えるのが正しいかどうかはともかくとして、まずは『きかんしゃトーマス』がどういうものかを説明しておく。

Sodor-railways-amoswolfe 機関車に顔が付いたトーマスの人形劇は誰でも知っているだろう。そのトーマスたちが暮らしているのは、ソドー島という架空の島である。ソドー島はグレートブリテン島とアイルランドの間にあるという設定。つまり、マン島の隣に位置するとされている。

マン島はイギリスにも、英連邦にも所属しない自治権を持った英国王室属国の島だ。このマン島自体がソドー島のモデルでもある。マン島の主要産業は観光であり、多くの保存鉄道、つまりすでに廃止された古い蒸気機関車が買い取られ、観光用に走っているのだ。

Fat_controller同じようにソドー島では、英国王室ではなくトップハム・ハット卿という人物が、トーマスら蒸気機関車たちを引き取り、日々鉄道の運行を司っている。そんなソドー島に生きる機関車たちの物語。それが『きかんしゃトーマス』の世界である。

 『きかんしゃトーマス』の原作『汽車のえほん』シリーズが生まれたのは、1945年のこと。プロテスタントの牧師だったウィルバート・オードリー1911~1997)が、風邪で寝ていた自分の子どもに語り聞かせた物語がベースとなり、汽車のえほんシリーズ(The railway series)『三だいの機関車』として刊行されたのだ。

(1) 3だいの機関車 (汽車のえほん (1))

1945年、第二次世界大戦が終了した当時のイギリスの鉄道の状況を確認しておこう。戦前に「ビッグフォー」と呼ばれていた民間メジャー鉄道会社4社は、戦時体制下で国の公共部門として併合されていた。それが、1948年に正式に国有化されることになる。

私鉄から国鉄への変化は、汽車のえほんシリーズにおいてもトップハム・ハット卿の設定の変化として描かれている。ハット卿の役職はソドー島の鉄道局長(おそらく彼以外のスタッフは存在しないが、鉄道局長がこの島の支配者のポジションである)で、シリーズ2巻までは「ふとっちょの重役」(Fat Director)として登場しているが、国有化された1948年の3巻『赤い機関車ジェームス』からは「ふとっちょの局長」(Fat Controller)に変更されている。ハット卿は、民間企業の重役から公務員へと所属が変わったのだ。

また、『汽車のえほん』がシリーズ化され、新作が次々と生まれていったこの時期、イギリスの鉄道は蒸気機関車からディーゼル機関車へと機関車の動力が変わろうとしていた時代であった(英では電化の流れはあまりなく、蒸気機関からディーゼルへと移行した)。

これもまた『汽車のえほん』のなかにおいても反映されており、ディーゼル機関車のキャラ(「ディーゼル」や「デイジー」ら)たちは、皆イヤミでワガママな性格に描かれ、中には蒸気機関車廃止論者(車?)すら登場する。しかもディーゼル機関車たちの性能はそれほど良くなく、すぐに故障しては蒸気機関車たちの手を借りる羽目に陥るのだ。


『汽車のえほん』の世界観をひとことで表すなら、「古き良きイギリスの鉄道の黄金時代へのノスタルジー」と言えるだろう。
ウィルバートが少年時代に見た鉄道とは、おそらく“ビッグ・フォー”以前の時代、つまり1910年代の鉄道であるだろう。そして、国中に無数に点在した地方鉄道が4つの会社に集約された1923年から第二次世界大戦までの時代が“ビッグフォー”の時代である。“ビッグ・フォー”体制が始まった1920年代は、イギリス鉄道の黄金時代に陰りが出はじめた時代であった。すでに自動車道路網が整備され始めた時期でもあり、自動車社会への移行が視界に入りつつあった。そして、1929年の世界恐慌で不況に突入し、鉄道会社の経営は逼迫し、設備投資や保線の費用は大幅に削らることになるのだ。

後編に続く

『きかんしゃトーマス』擬人化される帝国(後編) このエントリーをはてなブックマークに追加

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■パクスブリタニカの時代


StocktonandDarlington 1769年にスコットランドのエンジニア、ジェームズ・ワットが発明した蒸気機関は、産業革命の原動力となる石炭を燃料とした新式のものだった。イギリスはこのあとに産業革命の時期を迎え、19世紀の初頭には蒸気機関を動力に利用した公共交通システム、つまり鉄道の研究・開発が始まる。そして、世界初の商用鉄道が開通するのは、1825年の英ストックトン・ダーリントン間であった。

イギリスが世界の工場と呼ばれるようになり、産業資本主義の時代を迎えた19世紀半ばから、第一次世界大戦前の20世紀初頭が、イギリスの鉄道の黄金時代であるだろう。トーマスの生みの親であるオードリーは、少年時代にこの黄金期を垣間見ることができたぎりぎり最後の世代である。

Romanmap Paxbritannica そして、19世紀半ばから20世紀初頭は「パクスブリタニカ」と呼ばれた時代でもあった。「パクスブリタニカ」とは、19世紀半ばから20世紀初頭のイギリスの繁栄を指して使われる呼称だ。「パクスローマーナ」というローマ帝国の最盛期に訪れた地中海世界の平和状況を指す言葉があるが、これを19世紀のヨーロッパの状況に置き換えたのが「パクスブリタニカ」である。この時期のイギリスは、(実用的な)蒸気機関の発明による産業革命で他国よりも早く工業化を進めた優位的な立場で自由貿易、重商主義を推し進め、それらが生む富を背景とした軍事力で植民地や海外領土を拡大させていく。帝国主義の時代である。
 パクスブリタニカとまったく時期を同じくしたイギリス鉄道の黄金期。どちらにも共通するのは、蒸気機関という技術である。顔を持ち、感情を持った生き物として蒸気機関車が描かれる「きかんしゃトーマス」とは、大英帝国の擬人化である。そして、トップハム・ハット卿が君臨する蒸気機関車たちの王国としてのソドー島とは、島国イギリスの黄金時代=大英帝国のミニチュアなのだ。
『きかんしゃトーマス』が、「パクスブリタニカ」へのノスタルジーという、ナショナルな背景を持った物語として生まれ、英国内では「第二次ブリティッシュインヴェイジョン」期に人形劇番組が作られ、「クールブリタニア」期に日本に輸出されたという構図も、イギリスのナショナリズムの盛り上がりに沿ったものと言えるだろう。


■きかんしゃトーマスとモータリゼーション

さて、その大英帝国、そしてイギリス鉄道のほころびの第一歩として、19世紀末の自動車の発明を挙げることができる。

自動車も初期の段階ではガソリンによる内燃機関ではなく、蒸気機関で動くものが研究されていた。しかし、実用に足る自動車を発明したのは、内燃機関を用いたドイツのカール・ベンツとダイムラー(別々にほぼ同時に発明した)である。そして、そこで生まれた技術を自動車という商品としてまとめ上げたのはフランスのプジョー社だった。ドイツとフランスは、イギリスが優位を保つ蒸気機関による鉄道の技術で出遅れていたため、内燃機関の自動車の開発に特化して技術開発を進めていたのだ。

最終的に、鉄道を日陰に追いやるのは、この内燃機関の自動車の普及、つまりモータリゼーションである。『汽車のえほん』においても、バスのキャラクター「バーティー」が登場し、トーマスとスピード比べを行なう「トーマスとバーティー」という話が、かなり初期に登場する。このスピード比べは、最後に直線スピードに優る蒸気機関車のトーマスに軍配が上がる。だが、中身を見るとレールの信号待ちや蒸気機関を動かす水の補充に手間取るトーマスが、バーティーに翻弄される話であり、バスの優位が示されているのだ。

トーマスとバーティー (トーマスのちいさなえほん)

19世紀から20世紀へという時代の変化は、蒸気機関の時代から内燃機関の時代へという変化であり、鉄道の時代から自動車の時代へという変化でもあった。そして、その変化は、イギリスからアメリカへという覇権の移動につながっていく。

20世紀初頭、自動車の生産における技術革新を成し遂げたのが、アメリカのフォードである。フォードが生み出したベルトコンベアーによる大量生産という生産という様式は、大量消費という20世紀を代表する生活様式を生み出す。そして、ヨーロッパが戦場となった第一次世界大戦を機に、世界の基軸通貨はイギリスのポンドからアメリカのドルへと移行するのだ。

■ポスト大英帝国の擬人化

Kurisuteen 自動車の帝国であるアメリカは、いかに自動車を擬人化した作品を生み出してきたか。まっ先に自動車の擬人化アニメとして思い浮かべるころができる『トランスフォーマー』は、残念ながら元々日本の作品である。アメリカを代表するホラー作家の、スティーブン・キングは、自動車が意思を持ち、人間を殺していく『クリスティーン』という小説を書いている。『クリスティーン』は、ジョン・カーペンター監督の手によって映画化もされた。また、キングは『トラック』という、トレーラーやトラックたちが意思を持ち、自ら給油を行い人類に反逆を企てる短編を書いている。そして、近年の作品では、ピクサーが制作した『カーズ』がまさに自動車の擬人化アニメである。

さて、冒頭の日本のアトムやドラえもんが人間風の顔や感情を持っているという話に戻ろう。イギリスが蒸気機関車を擬人化し、アメリカが自動車を擬人化したのであれば、日本が擬人化すべきものとは何だったのだろう。

日本の戦後の経済発展とは、こうした小型工業製品の輸出に頼ったものである。なかでもソニーの前身である東京通信工業の小型トランジスタラジオが海外でヒットしたという「町工場から世界のソニーへ」というエピソードは、戦後の日本復興におけるもっとも知られる伝説である。東京通信工業がトランジスタ研究を始めた1952年は、『鉄腕アトム』の連載が始まった年であった。そのアトムを戦後復興の役割を果たした小型工業製品の擬人化と見ることができないだろうか。

トランジスタにはじまる集積回路の技術はLSI,ICと発展し、のちのロボット産業へつながる礎となる。こうしたエレクトロニクスの技術を擬人化したものがアトムやドラえもんと考えれば、そこには自然な流れを見出すことができる。彼らを、きかんしゃトーマスの延長にある「ナショナリズムの産物」として捉えてみるという試みはいつかまた詳細に行ってみたい。

(『界遊003』の「きかんしゃトーマス』擬人化される帝国 ~クールブリタニアからパックスブリタニカまで~を改稿したものです)
 

2008年12 月 4日 (木)

ラーメンとナポリタンはいかにして日本の国民食になったか このエントリーをはてなブックマークに追加

ナポリタンとラーメン。僕らの世代は、子どもの頃から食べていて、大好きな食べ物の両巨頭と言ってもいいくらいの存在だった。大体、海外旅行に行って帰ったら日本食の何が食べたいかというと、まずラーメンが食べたくなる。

いやいやラーメンは日本食じゃないから、と思うかもしれないが、ラーメンは日本食以上に日本人のナショナリズムに根ざした食べ物だったりする。

さて、僕が尊敬する片岡義男の最新作は、『ナポリへの道』という、スパゲティナポリタンと戦後の日米に関する文化論だ。

“スパゲッティー・ナポリタン”とイタリアの都市ナポリは、何の関係もない。ナポリタンは100%日本生まれの日本料理。アメリカの進駐軍が食べていたケチャップのスパゲティをベースにして、横浜のホテルニューグランドのシェフが考案したものだ。

片岡義男の『ナポリへの道』は、このパスタの麺にケチャップをかけた食べ物に、敗戦、進駐軍、民主主義など、アメリカの影としての日本の姿を見る。中でも一番重要なのは、これが小麦食品であるという部分だ。

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2008年9 月18日 (木)

クラスの一番かわいい子レベルがマックでバイトしない問題 このエントリーをはてなブックマークに追加

知り合いのものすごく可愛い女の子の話 - ハックルベリーに会いに行く

僕が10代の頃、クラスで一番かわいい子レベルの女の子たちって、マックやロッテリアでバイトしていた。ひょっとしたらまだ地方だとそうかもしれないけど、高校生ができるバイトの中で、もっともステイタスが高かったのがファストフード店の店員だったから。

そういったステイタスがなくなったのか、マックのバイトっていうのは、そういう憧れの対象ではなくなってしまったなあ、とは常々思っていた。

では、マックの店員がなぜあこがれの存在だったのかというと、かつてはマクドナルドがそれ相応の努力をしていたからと考えることができる。

例えば下のブログに写真があるけど、リカちゃんのマクドナルドショップという、リカちゃんがかわいいマックの制服を着た商品が発売されていたりする。

マクドナルドショップとリカちゃん。。。(かわいい暮らし。)

この制服は人気が高かった90年代のバージョン。このように、おもちゃメーカーとのタイアップを行い、子ども時代からマックの店員にあこがれるような下地作りをしていた時代があって、ステイタスが保たれていたということの証拠でもある。

リカちゃんとマクドナルドのタイアップがいつからはじまったのかはわからないが、1984年にリカちゃんのマクドナルドショップが発売。香山家の年表にも、リカちゃんがマックでバイトをはじめたという項目が記録されているようだ。

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著書

about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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