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2017年8 月 7日 (月)

映画のエンドロールを見ないピープルです。 このエントリーをはてなブックマークに追加

 人間には2つのタイプがいる。映画をエンドロールまで観る人間と観ない人間だ。
 都心の非ハリウッド映画をかける単館系シアターでは、映画が終わりエンドロールが流れても誰ひとり席を立たないのが当たり前だ。エンドロールまで含めて作品であるという信念があるのだろう。
 僕は後者。さっさと映画館を出るのが男の美学だと思っている。それを学んだのは、今はなきやくざ映画ばかりかかっていた浅草名画座だった。
 やくざ映画にはそもそもエンドクレジットはない。でもこのホールで映画を観る男たちは、それどころか映画が終わる前にもう席を立つ。「終」の文字が出るころには、くわえ煙草で劇場のドアをくぐり抜けている。いやウソじゃない。そういう場所なのだ。
 さて、劇場公開のタイミングは逃してしまったが、映画『ワイルド・スピード SKY MISSION』の話だ。


 このシリーズの主人公たちは、元々はやんちゃな自動車レースをやっていたヤンキーの兄ちゃん姉ちゃんたちだ。それがシリーズが進み、いつのまにか巨悪を相手に窃盗や強盗をするプロ集団になっている。彼らの結束は固い。自分たちを仲間とは呼ばずファミリーと呼ぶ。そして、油断するとすぐに海辺でバーベキューを始めるし、なにかとビールを飲む(運転シーンとは直結しない!)。銘柄は、メキシコ産のコロナのみ。
 本作では準主役のブライアンに子どもが生まれるが、GT−Rやインプレッサのような走り屋仕様の車にしか乗ってなかった彼が、ついにミニバンを買う場面には爆笑した。
 『ワイルド・スピード』は、完全なるマイルドヤンキーの世界だ。この映画は「マイルドヤンキー」が日本のローカルな存在ではなく、ワールドワイドな存在であることを教えてくれる。
 そう、僕はこの映画を江東区のシネコンのオールナイトで公開初日に観た。普通、江東区のシネコンの客はエンドクレジットなんて見ない。ここは銀座じゃないし、そもそも走り屋向けのカーアクション大作『ワイルド・スピード』に来ている客だ。彼らの9割は、この近くにあるスーパーオートバックス東雲店を日常的に利用している人々。
 だが、この日、この劇場では上演後のエンドクレジットで席を立つものはひとりもいなかった。誰もが、このシリーズを準主役のレギュラーとして支えてきたポール・ウォーカーに敬意を表したのである。彼は、今作の撮影途中での交通事故(撮影とは関係なかった)で他界した。それは、作品の中でも明示される。
 このシリーズのラストでは、主人公のドミニク(ヴィン・ディーゼル)とポール・ウォーカー演じるブライアンが、互いの愛車で仲間同士レースをするのがお決まりなのだが、今作のラストで2人は別々の道に分かれて車を走らせる。そのシーンの意味を劇場にいた誰もが即座に理解した。そして僕らは、黙祷のかわりにエンドクレジットまで誰もが席を立たないという選択をしたのだった。
 この瞬間、俺らはただの映画の観客ではなく「ファミリー」になった。次は豊洲のオートバックスで逢おうぜ。

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about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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