« 2011年7 月 | メイン | 2011年10 月 »

2011年8 月11日 (木)

大人になって見直してみた『マイアミ・バイス』前編 このエントリーをはてなブックマークに追加

中学生時代に最も好きだった80年代の刑事ドラマ『マイアミ・バイス』がDVDボックス化したので手に入れ、ここ数年かけて観てるんだけど、現代の目線で見直してみると、改めて見えてくる部分も多い。90年代以降のアメリカを予言していた部分なんかもある。昨年『bootleg』の黒人特集に書いた記事を一部書き加えてアップする。

■コンセプトは「MTV COPS」

『マイアミ・バイス』は白人のソニー、黒人のリコのコンビが主人公。いわゆるバディ(コンビ)ものの刑事ドラマである。フィリップ・マイケル・トーマスが演じる、黒人刑事リカルド(リコ)・タブスは、元々ニューヨークの強盗課の刑事。このドラマのパイロット版は、そのニューヨークから始まる。リコは、路上に止めた車のなかで麻薬組織のボス、カルデロンを見張っている。すると、通りがかりの黒人のチンピラたちに絡まれる。彼らに向けて吐いたタブスの最初の台詞は「ビート・イット! パンクス!」(「失せろ」と字幕)である。チンピラたちは「マイケル・ジャクソンかよ」、とあざ笑う。ドラマのスタートは1984年。前々年末に発売されたマイケル・ジャクソンのアルバム『スリラー』はまだ大ヒット中だった。このドラマの元々のコンセプトは『MTV COPS』だった。かっこいいロックミュージックが流れる中で、カーチェイスや銃撃戦が行われる都会派の刑事ドラマ。このコンセプトが半分以上生きたまま、ドラマはスタートしたのだ。

さて、刑事だった兄を殺されたリコは、復讐のためにカルデロンを追いかけてマイアミにやってくる。そして、ソニーたちマイアミの刑事たちと合流し、カルデロンの本拠地に迫る。刑事ではなかったリコは、この地で刑事として新しい仲間たちと一緒に働くことになる。

■『夜の大捜査線』の時代から『コスビー・ショー』の時代へ

北部の黒人刑事が南部にやってくるというモチーフの映画に『夜の大捜査線』がある。大都会シカゴからやって来た理知的で都会的な黒人刑事をシドニー・ポワチエが演じ、覆面をかぶった黒人差別者集団のKKK団が暗躍するミシシッピ州の田舎町で警察署の署長をロッド・スタイガーが演じる。両者が協力して捜査に当たっているうちに、偏見が解けちょっとした信頼関係が芽生えていく。この映画の構図は『マイアミ・バイス』のパイロット版のモチーフの一部になっている。

ただし、黒人の公民権運動の最盛期の1967年に作られた『夜の大捜査線』と、その17年後に作られた『マイアミ・バイス』では、黒人のポジションというものがまったく変わっている。『マイアミ・バイス』が始まった80年代中頃は、黒人イメージの急速な変化が訪れていた頃で、それは当時のポップスターやテレビドラマにも色濃く反映されていた。

マイケル・ジャクソンがナンバーワンのスターになったのもその変化のひとつだが、それ以上に大きかったのは、『コスビー・ショー』(1984~1992年)の存在である。『コスピー・ショー』は、毎回50パーセント台の視聴率を稼いでいたホームドラマで、80年代版の『パパは何でも知っている』とでもいうべき、アッパーミドルの家庭生活を描いたシチュエーションコメディドラマだ。父は医者、母は弁護士。5人の子供。ただし、この主役家族は黒人である。

このドラマの登場家族が黒人でなくてはならない理由は特にない。白人のアッパーミドルで十分成立する。むしろ、このドラマが放映された当時は、現実の黒人が置かれた状況、つまり貧困にあえぐ人たちをないがしろにしているのではないかという批判が起きたという。アメリカ文化に詳しい奥出直人氏は著書『アメリカン・ポップ・エステティクス』の中で「アメリカで黒人であることが、人種差別によって傷ついた病的な存在であるわけではないことを、コスビー・ショウのなかの新しい黒人イメージは穏やかに伝えようとする」と触れている。このドラマには、黒人の中産階級(富裕層)がアメリカ社会にふつうに台頭しつつある現実を反映するという意図があったのだ。

同じように、ソニーとリコの2人の刑事が人種の壁を乗り越えるというような『夜の大捜査線』で見られるような描写は、『マイアミ・バイス』には一切存在しない。むしろ、『マイアミ・バイス』というドラマをひとことで乱暴に現すなら、白人と黒人が組んでヒスパニックをやっつけるドラマということになるだろう。だが、そう言い切るためには、このドラマの舞台であるマイアミという都市の地政学的な位置、そしてこの街の特殊な人種構成についての説明が必要だろう。

■アールデコの都市とベルサーチ

ひとくちにマイアミといっても、マイアミ市とマイアミ沖合に浮かぶ細長い砂地の島のマイアミ・ビーチ市の両方を指して呼ぶ場合が多い。このマイアミ・ビーチ市は、『マイアミ・バイス』のオープニングの映像でも映されているが、人工的につくり出されたリゾート都市という極めて興味深い存在である。しかも、リゾート地としては、ハワイやラスベガスなどよりも半世紀以上も早くから存在している。

マイアミのリゾート開発が始まったのは19世紀末。東部からマイアミまで鉄道が敷かれ、ビスケイン湾に浮かぶ小さな島は、ココナッツ、アボカド、マンゴーなど砂地を利用した農園としての開発が進んでいた。だが、20世紀初頭からはリゾート地としての開発に切り替わる。マイアミと小さな島の間に橋を架ける「マイアミビーチ改良会社」が作られ、さらに、自動車のヘッドライトを発明し製造販売で成功したカール・フィッシャーがマイアミにやってきて、マングローブ・ジャングルだったこの島を埋め立てたり、島同士を橋で結ぶなどの開発を行なったのだ。この土地は、リゾート地として販売され、数多くのリゾートホテルを誘致した。かつて無人島だったこの島は、1915年にマイアミ・ビーチ市に昇格したのだ。

ドン・ジョンソン演じるソニー・クロケット刑事のファッションは、この町並みのカラーリングに合わせてパステル調に決まった。1930年代にリゾート地として有名になったマイアミに建築ブームが訪れたときに、マイアミの町並みはパステル調に塗られたのだ。当時は、世界恐慌語の不況時。打ちひしがれた国民の気分を高揚し、回復を図るためのカラーリングだったという。いまでもこのアール・デコの建物の多い地区は、観光資源として手厚く保護されている。

ちなみに、このソニー刑事の衣装は、ジャンニ・ベルサーチが担当した。「女性を性的玩具として」表現するという意図の下、高級売春婦の着るようなドレスをデザインしてフェミニストたちに非難されたベルサーチは、まさにこのドラマにうってつけの存在だった。

ゲイで社交好きなヴェルサーチは、マイアミビーチに自宅を持ち、有名人やモデルたちを集めてのパーティに明け暮れていた。この家を購入したのは、『マイアミ・バイス』の仕事がきっかけだった。常にマフィアとのつながりが噂され、常にボディガードを連れ、防弾ガラスが貼られた高級車に乗っていた。まさに『マイアミバイス』の登場人物のような生活である。そして、1997年に美貌のゲイの連続殺人犯に、マイアミの自宅前で射殺された。

■リゾート地としてのマイアミの変化

話をマイアミの街の話に戻す。古くからリゾート地だったマイアミの最初の大きな変化は、1950年代末に訪れる。1959年に、マイアミの目と鼻の先にあるキューバで革命が起こる。すると、この地にキューバからの亡命者が流れ込んできた。そこには、カストロの共産主義体制に反対する富裕層、ゲイの作家やスポーツ選手、ミュージシャンなどが多く含まれていたという。

リゾート地としてのマイアミは、この頃から一旦価値を失い始めていった。1959年にハワイが50番目の州に昇格すると、一大ハワイブームがアメリカを襲い、リゾート=南国の島ハワイというイメージが定着。70年代にはカジノとして大発展を遂げたラスベガスに人気が集まった。こうした中で、マイアミは、中南米からの移民の流入、麻薬取引の増加などによって、アメリカでも有数の犯罪都市へと変貌していった。

そんなマイアミに再び転機が訪れるのは1980年のこと。キューバのマリエル港の解放という出来事によってもたらされた。カストロはこの年の4月から半年間に渡ってマリエル湾を解放する。この期間に限り、自国からからアメリカへの亡命を黙認したのだ。この際、カストロは、刑務所から犯罪者たちを解放したという。それ以外にも、このマリエル港解放には、精神病患者や同性愛者たちを、国外に追いやるという意図があったとも言われている。

アル・パチーノが主演した映画『スカー・フェイス』(1983年ン)は、1930年代のギャング映画『暗黒街の顔役』のリメイクだが、主役のアル・パチーノ演じるトニー・モンタナはイタリア系マフィアではなく、キューバ人に脚色されていた。この主人公は、まさにこのマリエル港解放の折にアメリカにやってきた移民で、アメリカで麻薬王として成り上がっていくという話である。

移民問題、貧困問題、犯罪問題。こうした90年代のアメリカの問題において、中心的な存在となるのは、黒人ではなくヒスパニックである。アメリカの中南米に接する南の玄関口であるマイアミは、他の北米の都市に比べると、極端に南米からの移民=ヒスパニックの人口構成比が高かった。アメリカのマイノリティーの最大派閥が黒人からヒスパニックに変わったのは、米全体で見れば2000年前後のことだが、フロリダでは、すでに80年代からヒスパニックが黒人よりも多数派になっていたのだ。

80年代のマイアミは、その後のアメリカの人種問題の変化を、先取りしていたのである。この街では黒人はもはや敵ではなく、ヒスパニックの台頭に対抗して共闘する相手になったのだ。これは、パナマ侵攻や湾岸戦争といった戦争において、ジョージ・ブッシュ(父)がともに戦うパートナーとして、黒人であるコリン・パウエルを統合参謀本部議長に据えたのと同じ構図とも言えるかもしれない。『マイアミ・バイス』のソニーとリコのコンビは、その後のアメリカの政治状況を的確に先取りしていたのだ。(後編に続くよ)

 

マイアミ・バイス シーズン 1 DVD-SET 【ユニバーサルTVシリーズ スペシャル・プライス】
ジェネオン・ユニバーサル (2009-11-26)
売り上げランキング: 6853
ベルサーチを殺った男―愛憎が生んだ処刑逃避行
ウェンズレー クラークソン
ベストセラーズ
売り上げランキング: 939489
アメリカン・ポップ・エステティクス―「スマートさ」の文化史
奥出 直人
青土社
売り上げランキング: 766644

著書

about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

検索

  • 検索
     

Amazon

 
Powered by TypePad
track feed