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2011年6 月 2日 (木)

渋谷公園通りルックバック・エイティーズ&ナインティーズ このエントリーをはてなブックマークに追加

渋谷駅を降りて、NHK、代々木公園方面へ登る坂道が「公園通り」と呼ばれるようになったのは1970年代のこと。`73年に渋谷パルコがオープンし、その時の広告で使われた「すれちがう人が美しい ~渋谷公園通り~」というキャッチコピーを受けた地元商店街が、以後この通りの通称を公園通りに変えたのだ。

渋谷が若者の街というイメージを帯びるようになったのも、基本的にはこの頃以降である。とはいえ、公園通りが渋谷においても特別な場所だったのは、1980年代まで。その当時の公園通りを歌った歌に、堀ちえみの『公園通りの日曜日』(1982年)がある。

 

一人歩いてた公園通りで やけに見慣れてる赤いトレーナー
彼だと気付くまで 5分もかかった
かわいい人ね 手をつないで話してたから

日曜日。公園通りを歩いていた主人公の少女は、見慣れた赤いトレーナーを着た男の姿を見つける。その彼とは今日デートする予定だったが、前の晩、彼からの電話でキャンセルされたばかり。なんと男には本命の彼女がいたのである。自分は恋人と思いこんでいたが、実は妹的な存在にしか見られていなかったということにようやく気づく悲しい恋の歌だ。

トレーナーという言い方が時代を当時の空気を現している。80年代と言えばトレーナーである。スウェットでもリバースウィーブでもない。トレーナー。しかも袖とかだぶだぶしてるやつ。80年代を代表するブランドとして、セーラーズの名前を挙げることができる。おニャン子クラブを始め、芸能人御用達のブランドである。  セーラーズのメイン売れ筋商品もトレーナーだった。そして、セーラーズのショップも、公園通りの脇道にあった。
Sailors

この堀ちえみの曲の作詞作曲を手がけたのは、竹内まりやである。竹内まりやは、この15年後の1997年に広末涼子のデビュー曲『MajiでKoiする5秒前』でも、渋谷を舞台にして少女の初デートを描いている。
 

ボーダーのTシャツの 裾からのぞくおへそ
しかめ顔のママの背中 すり抜けてやって来た
渋谷はちょっと苦手 初めての待ち合わせ
人並みをかきわけながら すべり込んだ5分前

80年代がトレーナーなら、90年代はTシャツと言うことになる。正しい変遷である。

若者の街としての渋谷の中心が公園通りだったのは、1970年代末~1980年代までのこと。そのあとに登場する「コギャル世代」にとっての渋谷と言えば、センター街である。ランドマークで見るなら、パルコから109へということになるだろうか。しかしこの広末の歌にも公園通りが登場する。

「さりげなく腕をからめて 公園通りを歩く♪」

おそらく、この歌の主人公の少女は、ちょっとだけ大人を気取って公園通りを選んでみたのだろう。さっきまでプリクラを撮っていた女の子が、急に腕をからめるというのは、そういう表現であるような気がする。

そして、この広末の歌から気がつけば、15年近い歳月が経った。いまの渋谷の中心は、どこだろう。東急本店向かいのフォーエバー21が目立つか。そして、その少し裏には高相通り。そう、もはや渋谷と言えば公園通りでもセンター街でもなく、高相通り(at 職質)である。
そうそう、今春もボーダーが流行ってるね。

 

著書

about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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