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2010年7 月27日 (火)

ワインレッドの心と日本のワイン消費史 このエントリーをはてなブックマークに追加

サントリーの創業者・鳥井信治郎は、当時評判が悪かったワインを日本人向けに甘味料を配合し、1907年、“赤玉ポートワイン”と命名して発売した。これが一般的な日本人のワイン消費の始まりである。

赤玉ポートワインで舌を慣らされた日本人が、味付けワインを卒業するのは、`70年のワイン輸入自由化以降のことである。とはいえ、実際に甘味果実酒の消費量をワインを抜くのは、自由化からさらに5年を経る1975年まで待たなくてはならないのだ。

その後、`80年代に入ると関税の引き下げや円高の影響もあり、輸入ワインは手軽に手に入る飲み物として定着していく。さすがにこの頃になると、甘味料で味付けされたワインを飲む日本人はほとんどいなくなっていった。

ワインが生活に馴染んでいった80年代のヒット曲に、安全地帯の『ワインレッドの心』がある。


`84年の年間チャート2位を記録するという大ヒット曲の歌詞を書いたのは井上陽水だ。安全地帯はもともと陽水のバックバンドを務めていた。言うなれば、ボブ・ディランとザ・バンドの関係である。

♪哀しそうな言葉に 酔って泣いているより ワインをあけたら
歌詞:井上陽水

過去の恋愛を忘れて、ワインを飲もうよ。ほろ苦い大人の恋の場面を描いた歌である。憂いのある玉置浩二の歌い方も、大人の恋の世界を醸し出していた。

とはいっても、実はこの曲、赤ワインを甘いソーダで割ったサントリーの商品“赤玉パンチ”のCMソングだった。赤玉ポートワインは、『赤玉スウィートワイン』として、現行の商品として売られており、そのさらにソーダ割りが“赤玉パンチ”である。

ワインが登場する大人のほろ苦い恋の歌だと思ったら、そのヒロインが飲むのは甘いソーダの入った赤ワインだったのだ。シャンパンで乾杯しようと思ったらシャンメリーだったみたいながっかり感は否めない。『ワインレッドの心』はまだワインに味付けがされていた時代の甘ったるい残余のような歌なのである。

ボジョレー・ヌーボーが大流行するのは、この曲がヒットした直後のバブル時代の真最中のことであった。日本人のワインの消費量はその後も右肩上がりに成長。そして、青田典子との熱愛が報道される玉置浩二のバブル臭さもいまだ絶好調である。

2010年7 月14日 (水)

映画『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』感想 このエントリーをはてなブックマークに追加

あまり評判がよくないので、出来がイマイチなの覚悟で観に行ったら、まったく余計な心配だった。

『踊る~』シリーズでは、本当の敵は犯人ではなく、警察組織そのものであるということを、いく度も形を変えて語ってきた。特に劇場版シリーズにおける犯人とは、警察組織が対峙できない相手として設定されてきた。

1作目では、縦割りのマニュアル捜査では対処できない相手として犯人が設定された。常識的な動機を持たない子どもが犯人で、足を使って捜査する現場の刑事が解決の道を見つけるのだ。

2作目では、リーダーを持たない組織としての犯人グループが設定。つまり、命令系統はなく、目的だけを共有し、連携しない犯罪集団である。攻殻機動隊におけるスタンドアローンコンプレックス現象と言い換えてもいい。ピラミッド型組織で意思決定から行動までのスピードに欠ける警察は、このグループに対処できない。

こうした犯人に翻弄され、本当の敵は自分たちの組織そのものでしたというのが、このドラマシリーズ自体のテーマである。

さて、今回の犯人はさらにパワーアップした。
今回も、いつもどおり本庁と所轄の間で争いが始まる。すると、その両者の間にをピタリと収める補佐官の小栗旬が登場する。彼は、個々の立場の人間それぞれにインセンティブを与えることで、場を調整するスペシャリストである。これまでシリーズが取り上げてきた最大のテーマをいとも簡単に解決する最強の敵の登場だ。

そして、今回の犯人は、この小栗旬の鏡像として描かれている。

ここからはネタバレになる。

今作の主犯は、一作目に脇役的に登場した小泉今日子演じる犯罪心理学に通じる快楽殺人の日向真奈美である。ただし、彼女が犯人だとわかるのは終盤のこと。彼女は実行犯ではなく、拘置所から実行犯を動かしている。小泉のこの役は、言うまでもないが『羊たちの沈黙』のシリーズでおなじみのハンニバル・レクターのアレンジである。

踊る3とは、レクター博士が、インターネットの発達した現代に現れたらどうなるかという、興味深い思考実験でもある。

一作目でも、彼女はホームページを持ち、ネットで支持されている猟奇殺人マニアとして登場した。このドラマが、当初は並の視聴率だったにもかかわらず、主に放送終了後にネットで支持されるようになり、人気ドラマへと成長した。そんな社会とドラマを結ぶ関係性の変化を、うまく劇場版の題材として取り上げていた。今作は、ネットのソーシャルメディア的側面を描く。ちょっと思ったのは、物語にもツイッターを使うべきだったということ。

今回の物語は、何も盗まれない窃盗事件と誰も被害に遭ってないバスジャック事件の発生から始まる。これらは犯人の陽動作戦である。翌日、拳銃と銃殺死体が放置された船が発見される。使われた拳銃は、湾岸署の引越と、両陽動事件の最中に盗まれた三丁の拳銃のうちの一丁だった。第二の殺人も、同じように発見される。しかし、これらもまた陽動作戦でしかなかった。

Tirant 新しい湾岸署は、対テロリストと称し、鉄壁のガードシステムに守られている。しかし、その過剰な設備と、警察の過剰防備の心理の逆を突いた犯人は、セキュリティシステムを誤稼働させ、捜査員と引越業者を署内に閉じ込めることに成功。その署内に時限装置付きの毒ガス噴射システムを仕掛け、これまで青島が逮捕してきた犯人全員の釈放を要求するのだ。ウルトラ兄弟たちにやられた怪獣の怨念で生まれたタイラントみたいな話である。

この釈放要求の件は、日本赤軍のクアラルンプール事件とダッカ日航機ハイジャック事件の“超法規的処置”を元ネタとして、それらを連想させるように作られている。犯人が、中東への逃亡を考えているのも、重信房子を彷彿させる。

主犯の日向真奈美は拘置所の中にいながら、これらを企てている。拘置所に出入りするソーシャルワーカーの臨床心理士を手なずけて、彼を通してネットで共犯者を募り、自分の釈放を画策したのだ。また、彼を通してネット世論を動かし、自分の崇拝者をネット中に生み出した。彼女は、拘置所に入りながらカリスマになっている。そして、最終的に自殺を遂げることで、その影響力をさらに高めようと画策する。それがこの事件の真の目的である。

彼女の手法を青島ら警察側は単なるマインドコントロールと分析し、教唆犯であると解釈するが、それは違う。彼女は、“私は彼らに生きがいを与えただけ(台詞うろ覚え)”なのだという。彼女の取った手法は、小栗旬演じる補佐官とたいして変わらない。

小栗旬の補佐官はこの事件を政治の道具に使おうとする上層部を「調整」する。この事件を人質事件のテストケースとして国民感情の実験に使いたい政府与党、よど号ハイジャック事件のときの超法規的処置ではなく、法規的にこれを処理したいと考えるどこかの官庁、正義漢の室井は教科書的な言動しか取れないが、小栗は彼らの利害関係を把握し、それぞれにメリットと責任回避の言い訳を与える解決法を提示する。組織の構成員にも、それぞれの立場と利益があるというのを理解し、ひとつひとつ穴を埋めていく。それが調整である。

一方、小泉今日子、社会で鬱屈しているネットゲーマーたちに現実を楽しむためのゲーム的なインセンティブを与えて、自発的に犯罪行動を促し、結果として自分の脱獄を成功させるのだ。それぞれの立場や欲望の在り方を理解し、それを調整するのだ。彼らをしあわせにすることができない現実の社会よりも、彼らにやりがいを見つけてあげられる自分の方が正しい。例えその結果が犯罪者への道であろうが、それを自ら選択したのは彼らなのだ。自分に罪があるわけではない。

彼女の主張を代弁するならそういうことだろう。「やりがいの搾取」って何が悪いの? という議論がここからも展開できそうだ。また、この小泉の犯人像からは、犯罪への道筋を設計していく京極夏彦『絡新婦の理』の犯人を連想させる。あと、リバタリアン・パターナリズムみたいなものとも接続できそうだ。

さて、青島がこの似たもの同士として配置された2人に、真っ向立ち向かって勝利をおさめるわけではない。もちろん、事件を解決するのは主人公の青島である。だが、前作で悪役だった管理官の真矢みきが最後に敗北を認めたようなカタルシスはない。小栗旬が目を怪我する必然性はまったくわからなかったが、彼らは生き残るし、敗北しなかった。むしろ、勝者に映る。今作の評判が良くないのは、この辺にあるのだろう。青島は挫折したのだ。

とにかくひたすら正しいことをやってボトムアップ式に組織を変えようという青島の手法は、すでに事件を解決させたり、旧態然とした組織をよくするためには機能しないことが判明した。また、室井も挫折した。現場に理解を示し、組織を上からトップダウン式に変えていこうという室井の信念もまた、機能しないことがわかってしまった。

90年代末にテレビドラマシリーズとしてスタートしたこのシリーズは、年功序列、縦割りといった、日本的サラリーマン組織の弊害をいかに変えるべきかということを、青島刑事というキャラクターを通して描いてきた。今作が最後とは明示されたわけではないのだが、そのテーマには一端の終止符が打たれたことになるのかもしれない。

ラストの青島のコートの扱いが思わせぶりである。彼がコート<刑事の魂みたいなものを象徴している>を失ってしまったと解釈すべきが、犯人にかぶせて中和しているという解釈なのか。

いままでは、おとぎ話として作ってこざるを得なかったが、本作はちょっとリアルに組織の限界を描いた。やっぱり、シリーズのファンは、それでも青島の正義漢やまっすぐなところを肯定するような描き方を期待したのだろう。その気持ちはよくわかる。

本シリーズは、中心テーマ以外にもみどころは多かった。お台場の発展(本シリーズはフジテレビのお台場移転記念で製作された)、監視社会化、9.11以後の世界、そして『24』以後の刑事ドラマ表現、さまざまなテーマが加わりながらシリーズは続いてきた。

考えてみれば、97年の劇場版一作目では、キョンキョンのノートPCにはインフォシークのシールが貼ってあった。13年経って、インフォシークなんてもう誰も知らない。パソコンは得意でなかったはずの青島も(とはいえ、元コンピュータ系商社の営業か)、「ドメイン名を変えてみれば」などと、ちょっとネットに詳しくなっていた。シリーズを通して、多少荒唐無稽とはいえ、ネットとサイバー犯罪、コンピュータ時代の犯罪捜査についての変化も描かれてきた。あまりに国民的ヒットシリーズになったため、ある種の人たちには敬遠される本シリーズだけど、こうした90年代半ば以降の日本を眺める材料としても、十分おもしろい。というか、僕は今作含め、全部好きだ。

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