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2010年6 月22日 (火)

空港歌謡2曲を巡る女心と航空事情の変化 このエントリーをはてなブックマークに追加


青江三奈の『国際線待合室 インターナショナルロビー~』(`69年)は、冒頭に「BOAC航空出発便のご案内を申し上げます」というアナウンスの声、そしてジェット機が飛び立つSEからはじまる、アプレミディのカフェコンピに入ってもおかしくない洒落たナンバー。


BOACとは、当時存在した英の国営の航空会社British Overseas Airways Co,のことであるかつてパフィーも『渚にまつわるエトセトラ』の中で「飛び交うカモメはB.O.A.C.」と歌っていた(意味は不明)。


一方、中森明菜『北ウイング』は1984年のヒット曲。


中森明菜は、周囲がつくった方針として山口百恵路線を進まされていたが、その路線を転換したのがこの辺り。作詞が来生えつこ、売野雅勇と交互に起用されていた既定路線を脱し、康珍化、林哲司のコンビに変更されている。また、この曲は、ユーミンが中央自動車道を「中央フリーウェイ」と読み替えて舞台にしたように、新東京国際空港(のちの2004年に成田国際空港に改称)の第一ターミナルの通称である「北ウイング」を舞台にしたものと考えることができるだろう。

この両曲は、空港を舞台にヒロインの恋模様を描いた空港恋愛歌謡である。

『国際線待合室 インターナショナルロビー~』は、ヒロインが海外へ行ってしまう恋人をひとり寂しくロビーで見送るという内容の歌詞。しかし、『北ウイング』は、海外に飛び立った恋人を追いかけて、自分も飛行機に乗ってしまう。置いてけぼりを喰らう女性主人公から、積極的に追いかける主人公へ。女性の恋愛に対する積極性の変化が、この両歌謡曲が描いた女性像から垣間見ることができる。

両曲が歌われた15年の間の変化は、それだけではない。日本の航空行政や航空会社を巡る国際情勢も変わっていた。

『国際線待合室 インターナショナルロビー~』の舞台は羽田空港である。当時はまだ成田空港は開業前だったのだ。1966年に新国際空港の建設地に成田が決定し、地元の反対運動が始まる。そして、この歌が歌われた1969年後頃は、地元の反対運動に新左翼のセクトが合流していった時期。それ以降、成田・三里塚闘争は激化し、長期戦と化していった。

反対運動との闘いは収束しないまま(テロにより、開港はひと月以上先送りされた)1978年5月、成田に新東京国際空港が開業。以後、国際線の発着はこちらがメインとなる。中森の曲の舞台“北ウイング”とは、成田国際空港第1ターミナルの通称名。成田空港ができて7年目の1984年に歌われている。

『北ウイング』のヒロインが搭乗する機の航空会社はわからないが、第1ターミナルからロンドン(“霧の街”という歌詞から推測可能)へ向かうという歌詞から考えるに、その便はJAL、もしくはブリテッィシュ・エアウェイズ(BA)の可能性が高い。BAとは、かつてのBOACである。『国際線待合室 インターナショナルロビー~』に登場した5年後に、このBOACは消滅し、他社との合併によりBAの名になった。さらに、当初は国営企業であったBAは、1987年にはサッチャー政権の新自由主義路線の下、民営化を果たしている。

90年代以降、格安チケットの登場や、燃料費の低下から航空会社の競争激化が進み、特にここ10年は世界規模のM&Aによる再編が話題を集めるようになる。JALの買収案が持ち上がっては消えているここ数年の状況は、まさに日本の航空会社も部外者ではないことを物語っている。そして、案の定というか、BAの名も今年末にスペインの航空会社との合併によって、その名が消滅する予定である。女性の恋愛へのスタンスの変化より、現代の航空会社の再編のサイクルのほうがよっぽど早くなっているのだ。

(『週刊アスキー』の連載“恋のDJナイト”に掲載された「空港をめぐる2つの歌謡曲と航空会社の変遷」に加筆修正を加えたもの)

2010年6 月18日 (金)

ポン・ジュノ作品と日本の任侠映画で比較する日韓の都市化・近代化 このエントリーをはてなブックマークに追加

団地愛好家の大山顕は、ソウルの街を「団地天国」と称している。そして、「ソウルに住むということは団地に住むこととほぼ同義」なのだという。東京のニュータウンの開発は都心ではなく、郊外に向かって進行したが、ソウルでは都心部、それも高齢者の多い地域を率先してニュータウン化を進めるなど、大胆な都市計画が進められた。東京の主たる光景とは、いまだ低層の一軒家が視界の限りに立ち並ぶ杉並区的な町並みが大半だが、ソウルは都市全体に渡って高層住宅が林立する。それは、都心を流れる川・漢江を中心に都市の光景が映し出される『グエムル』の背景を見ていてもよくわかる。

ソウル市民の数は、韓国の全人口の二割を超える1000万人強。さらに首都近郊まで含めると、韓国人の半数近くが首都圏に住んでいるという。韓国は、極端な都市集中社会であり、それが進行したのは1960年代以降と、わりと最近のことである。

■団地で犬を飼う人々と犬を喰う者たち

ポン・ジュノの長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』は、物語のほぼすべてが団地の建物内で進行する団地映画である。ジュノは、団地をひとつの世界に見立てることで、キッチュなコメディ映画としてこの作品を成立させている。

団地の住人たちはみな豊かな生活を送り、愛玩用の犬を飼っている。団地の規則でペットを飼うことは禁止されているのだが、誰もそんな規則を守っていない。そして、その一方で団地の中には彼らとは別のレイヤーで生活している人たちがいる。地下室に住むホームレスと管理人のおじさんである。彼らにとっては犬は文字通りの“食い物”でしかない。住人の犬をさらっては、こっそり鍋にして食べているのだ。

主人公のユンジュは、この団地に住む非常勤の大学講師。日本同様、非常勤講師は貧しい生活を送っている。教授になるためには、偉い教授に袖の下を渡さなくてはならないが、貧しい彼にはその金がない。生活費を稼いでいるのは、妊娠中の妻である。そんなユンジュは犬の鳴き声、そして団地のルールを破り犬を飼うものたちに神経を尖らせている。物語の前半においては、彼は犬を捕まえ、あわよくば殺してしまおうという立場を取る。ユンジュは、どちらかと言えば犬が“食い物”に見えるホームレスや管理人側に属しているのだ。

こうした二層構造で描かれる団地とは、韓国社会のメタファーでもある。裕福に現代的な生活を手にした人々=犬を飼う住民。昔ながらの環境で生きる貧困層=犬を食べ物として見る側の人間。なぜ犬なのか?

韓国は1988年のソウルオリンピックの際、国内での犬食の取り締まりを行った。犬食は中国や韓国の食文化であるが、西洋においては日本の鯨肉食以上に理解されない文化である。韓国は、オリンピック開催に辺り、近代化と引き換えに犬食文化を捨てることを選択したのである。つまり、犬は踏み絵であった。近代化=西洋化・都市化の恩恵を受けている人々と、そうではない派。この2つの存在が犬へのスタンスとして描かれ、彼らが別レイヤーとして共存する場である団地が描かれているのだ。

この物語は、“プレ近代”の側のユンジュが“近代”の側に廻る話として展開していく。ユンジュの妻は会社を辞めて、手にした退職金をユンジュが大学教授になるための賄賂に充てようと考えていた。そして、残りの金で高級犬を買ってくる。だが、そんな嫁の意図を知らないユンジュは、その犬を散歩中奪われてしまい、嫁の機嫌を損ねてしまう。ユンジュが教授になるためには、犬をホームレスや管理人のおじさんたち食われる前に奪い返さなくてはならないのだ。最終的にユンジュは、犬を奪い返し、賄賂に充てる金を得て教授になる。

犬を殺す側から飼う側に廻ったユンジュは、上のレイヤーへと階層上昇を果たし、豊かな生活を送るようになる。この映画における団地が韓国社会のメタファーなら、禁を破って住民みなが犬を飼っているという状態は何を意味するのか。誰もが近代化を手に入れるのと引き換えに、何かに目をつぶって生きているということなのだろう。

近代、プレ近代と2つのレイヤーがあり、主人公がその間の階層上昇をなりふり構わずに果たす。これがポン・ジュノ作品に共通するひとつのパターンである。

■『殺人の追憶』を都市化という視点で辿る

`86年~`91年にかけて、計10名が殺され、迷宮入りした華城連続殺人事件をモチーフにした『殺人の追憶』においても、このパターンは踏襲されている。

刑事物の常だが、事件が発生し、事件現場に刑事がやってくるところからドラマは始まる。殺人事件の現場は、凶悪犯罪とは無縁のソウル近郊の京畿道華城郡の農村。事件に対して、地元の刑事たちは地縁から洗っていく。被害者の人間関係、怨恨といったごく当たり前の犯罪捜査である。しかし、これまで通用した被害者周辺にいるあやしい奴を痛めつけ、自白に追い込むという手法では事件は解決しない。一方、この事件を担当するためにソウルから赴任してくるソ刑事は、もっと合理的な犯罪捜査の手法を持って犯人の割り出しに迫る。この作品における2つのレイヤーとは、地元刑事のパク刑事とソウルから来た4年制大学を出たソ刑事、つまり地元と都会の2つのレイヤーである。

当初、物語の舞台である華城郡は、どこまでも広がる田園風景としてのみ描かれるが、物語が佳境に入るとともに、この地方の本当の姿が映し出されていく。容疑者を追跡して市街地に踏み入れるとそこでは大規模な工事が行われていて、多くの現場労働者が働いているのだ。物語序盤で延々見せられた田園風景とは裏腹に、華城郡は大規模工業団地へと生まれ変わろうとしていた。また、有力な容疑者としてある男に行き当たるが、彼は新設の工場で経理の仕事をしている。被害者との交友関係からは辿り得ない「よそもの」である。

`80年代当時、韓国では社会運動が盛んになり、警察は公安方面にばかり注意を払い、人員を割いていた。っていた。そのために、犯罪捜査にまで手が回らなかったという。こうした背景の説明は、この映画の冒頭にも語られるが、本事件が未解決に終わった理由はそれだけではない。`88年のソウルオリンピック開催に向けて、ソウルとその近郊は急速な都市化を遂げていた。都市化が進むと、犯罪捜査は難易度を増す。都市で起こる殺人事件は地縁つながりを探しても、犯人には行き着かないケースが出てくるのだ。日本でも、`68年から`69年にかけて起こった、永山則夫による連続ピストル射殺事件は、地方から都市への大量の人口流入、東京の都市化を背景にして起きた無差別殺人事件である。永山が捕まったのは、金銭目的で起こした事件で捕まり、彼の持っていたピストルが連続射殺魔事件のものと一致したせいであり、いわば偶然でしかなかったと言える。

物語中でもパク刑事がアメリカと韓国の国土の広さの違いを説いてFBI論を振りかざす。だが、FBIが必要になったのは、パク刑事が言うように、ただアメリカの国土が広大だからではない。20世紀に入って人口移動が始まったからである。元々南部で働いていた労働者層が、中西部の工業地帯へと流入し、都市が進んだ。工場労働者たちは、農業と違い場所に根付くわけではない。工場から工場へ、都市から都市へと場所を動く。犯罪も、土地に根付いたものから流動的な移動を伴うようになる。それに従い、州をまたがって犯罪捜査を行なうFBIのような組織が必要とされるようになったのだ。

華城連続殺人事件をモチーフとした『殺人の追憶』も、韓国社会の都市化を背景とした物語といえるだろう。映画の最後は、15年後の2003年に時間移動する。パク刑事は、かつて死体が発見された田んぼのあぜ道に作られた用水の小さなトンネルをのぞき込む。そのトンネルの光景は、かつて限りなくクロに近いと思われた容疑者を逮捕できずに彼が去っていったトンネルの光景の記憶と結びついている。15年後のパク刑事は、刑事の職を辞めて怪しげな健康グッズの販売の仕事をして豊かな暮らしをしている。かつて、女と暮らした古いアパートの小さなではなく、広く新しいリッチなマンションで家族と一緒の生活である。ここにも、15年の間の都市化の進行が強く強調されている。

地元刑事の側のレイヤー、つまりプレ近代の側だった彼は、15年経って事件の解決を放棄して、都市側のレイヤーへと移動を果たしている。その一方、連続殺人事件は未解決のま放置されたままだ。事件の被害者、その遺族たちは、都市化、近代化の犠牲となり、時代に取り残されてしまっている。賄賂によって教授になった『ほえる犬は噛まない』のユンジュと同じように、彼もまた裕福な近代の側に、なりふり構わない階層上昇を果たしたのだ。

■経済成長・都市化を巡る物語

こうした都会←→田舎、近代←→プレ近代といった二層のレイヤー構造となりふりかまわぬ階級上昇の物語は、ジュノの最新作『母なる証明』においても見てとることができる。主人公たちは田舎町で昔ながらの貧しい生活を営んでいる。しかし、街の近郊にはゴルフ場が造成され、富裕層たちが出入りしている。富めるものたちとそうでないもの。それが明らかに描かれる。そして、主人公の不良友だちのジンテは、要領よく金を得ることで、階層上昇を果たしていく。一方、キム・ヘジャ演じる母親は、息子の罪をさらなる弱者におしつけるというなりふり構わない行為に出る。前出の2作品は、国家の選択として近代化の側を選んだ韓国社会の図として見ることができるが、本作は、より個人のエゴの世界として描いている。

さらに、ジュノによる怪獣映画『グエムル』においては、近代化・経済成長の陰の立役者としてのアメリカが取り上げられ、二層よりも複雑な構造を持っている。だが、ソウルの都心の話でありながら、娘をさらわれる主人公の家族だけが都市化に取り残された人々で、それ以外のすべての存在が近代=都会のレイヤーであると言えるかもしれない。

韓国における経済成長の時期、そして急速な都市化が始まった時期は、日本のそれとは違う。日本の高度経済成長とは、1950年の朝鮮戦争特需から始まり、`70年代初頭のオイルショック辺りまでを指し、東京オリンピックが開催された一九六四年が辺りが開発や都市化の頂点だった。一方、韓国の“漢江の奇跡”と呼ばれる経済成長期は、日韓基本条約を契機にした円借款が始まる`65年から`90年代末までを指す。韓国の近代化・都市化のいったんの頂点は、ソウルオリンピックが開催された1988年前後だろう。同時に、`80年代末は、軍事政権への抵抗運動=民主化運動に沸いた時期であったことも重要である。

1969年生まれのポン・ジュノは、華城連続殺人事件やソウルオリンピック、そして民主化運動の盛り上がりをリアルタイムに経験してきた世代でもあり、そういった農村社会から都市化という韓国社会の構造転換を目の当たりにしてきている。作品のモチーフに、急速な都市化・近代化になりふりかまわずに乗った人たちと、それに取り残された人たちという構図が多く出てくるのは、世代的な問題意識と言っていいだろう。

日本映画も、約50年ほど前に近代化・都市化をモチーフとした物語ばかり作っていた時代があった。60年代の鶴田浩二や藤純子、小林旭なんかが出てくる映画のパターンは大体こういうものだった。地元のやくざに新興のやくざがケンカをふっかける。新興やくざはその土地の土建業者と手を結び、レジャー施設の建設を予定している。地元やくざは沖仲士(港湾労働者)の流を組んでおり、新興やくざはレジャー産業をバックにしている。背景として背負うものが第二次産業から第三次産業へと段階を踏んでいる。つまり、これらは産業構造の転換を背景にした物語群であったのだ。

物語の流れ上、主人公は地元側に付くが、最終的にケンカは新興やくざが勝つ。鶴田浩二は単身敵地に乗り込み奮闘するが、結局は敗れ去っていくものの美学でしかない。近代化の流れには抗えず破れていく。敗北者は美学を語ることが許されると任侠ものの世界では決められているのだ。

潔く敗れていくものを美しいものとして愛でる。そんな日本特有の美学をモチーフとして、日本映画は「近代への移行」を描いてきた。一方、ポン・ジュノは、「近代への移行」と「それに抵抗する残余」を描いてきたと言えるだろう。『ほえる犬は噛まない』ではな、現代を舞台に、ごく当たり前に見える移行とささやかな違和感が描かれ、『殺人の追憶』では、金過去を舞台に、移行の影にある巨大で薄気味悪い残余を描いた。そして、『母なる証明』は、それを再度現代に持ってきて、移行させまいとする残余を「母」という形象の下、それを全面化させたのだ。

美学抜きの生々しさ、無骨さ、いびつさがポン・ジュノ映画の特徴である。こういったものの言い方では、まだ率直とは言えない。後味の悪さ、置いてけぼり感は、ハリウッド式ハッピーエンドと任侠の美学で映画を学んだ身からしてみれば、簡単には受け入れがたい。ポン・ジュノ作品は、観るものに体力の消耗を要求するのだ。

(『ユリイカ』2010.5月号ポン・ジュノの特集に書いた『都市化とそれに抵抗する残余』を改稿したものです)

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about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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