照明器具の違いとして描かれた昭和の生活レベル
東芝ライテックは、CO2排出量の削減のため、白熱電球の製造を17日をもって中止すると発表した。今後は、消費電力の少ない電球型蛍光灯やLEDといっ た省エネ型の照明に移行する。同社は2008年4月に、白熱電球の生産を2010年に廃止する旨を発表。他メーカーでは2012年に製造を中止するところが多いな か、予定通り2010年に生産を中止する。 http://kaden.watch.impress.co.jp/docs/news/20100317_355270.html
2010年の3月をもって、東芝は約120年間に渡り販売してきた白熱電球の生産を中止した。そんな白熱電球は、流行歌の中に“裸電球”としていく度も登場してきた。
『大阪で生まれた女』(作詞・作曲・BORO)は、`79年の萩原健一のヒット曲。主人公は女性。大阪を愛する彼女は、大阪を離れ東京に出るんだという彼氏との別れを意識する。だが結局、彼女は男に付いていくことになる。
たどりついたら 一人の部屋 裸電球を
つけたけど 又 消して
あなたの顔を 思い出しながら
終わりかなと 思ったら 泣けてきた
大阪で生まれた女やけど
大阪の街をでよう
大阪で生まれた女やけど
あなたについてゆこうと 決めた作詞:BORO
彼女の方針変更のきっかけは、裸電球だった。部屋でひとりきりになる寂しさを知った彼女は彼氏を追いかけて大阪を離れることを決意するのだ。
`74年にかぐや姫が歌った『赤ちょうちん』(作詞・喜多条忠)でも、「♪あのころふたりの アパートは裸電球 まぶしくて 貨物列車が 通ると揺れた ふたりに似合いの 部屋でした 覚えてますか 寒い夜 赤ちょうちんに 誘われて おでんを沢山 買いました」と、同棲カップルが暮らす部屋に“裸電球”が描かれる。
`87年に長渕剛が歌った『泣いてチンピラ』は、夢を持って上京した男が「紙コップの味噌汁」をかじる貧乏暮らしを営む歌だ。
「♪紙コップの味噌汁をかじれば 天井が笑う 裸電球 ぶら下がった部屋で
忍び泣いてる女は なお哀しくて ああ爪を噛んで 強くお前を抱きしめた」
歌謡曲における「裸電球」とは、貧乏、同棲と常にワンセットなのだ。
これら歌謡曲の世界の「裸電球「と暗に対比されているものは蛍光灯だろう。家族が一緒に生活するリビングルームを照らす明るい蛍光灯と、淋しい四畳半一間を照らす裸電球。幸せの在り方が、照明器具の違いとして暗にというか煌煌と対比されているのだ。こうした対比の図は、現代のファミリーにはあまり適用できない。蛍光灯が灯る居間に集まる家族団らんの図とは、現代人の生活にとっての標準的な幸せとは言い難い。それどころか、そもそもいまどきのリビングは、むしろ間接照明に彩られているので、裸電球が用いられているはずだ。
白熱電球の生産を止めた東芝は、LED電球の生産にシフトした。LED電球が歌謡曲に登場するかどうか、それは微妙。
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