『メタボラ』感想
本を読むのは遅いほうなのだけど、ほぼ24時間で読了。おもしろかった。
記憶をなくした若者ギンジと、宮古島出身で、親に放り込まれた強制訓練施設から脱走してきたアキンツの出会いから始まる。舞台は沖縄。
着の身着のままで、身を寄せる先すらない二人は、コンビニの女性アルバイトのアパートに潜り込む。彼女はアジアの服を好み、ぺったりしたサンダルを好む自然派志向の女とルームシェアをしている。女2人のいざこざに巻き込まれ、そこを出る羽目になったギンジとアキンツは、その先ばらばらになって、それぞれ住み込みバイト、簡易宿のスタッフ、ボラバイトスタッフ、ホストなどをしながら生きてゆく。
アキンツはゲイではないが、主人公二人の関係はなんとなく高村薫の『李歐』の主人公たちの関係がかぶる。
物語がすすむにつれ、ギンジは記憶取り戻し始める。途中から、温かい沖縄での物語と、まったく対照的な薄寒い柏崎での偽装請負の工場で働く記憶がカットバックでつなぐように進んでゆく。
偽装請負のディティールはさすがに桐野夏生の真骨頂。悲惨な労働環境の中で、さらに出身地域によって時給に違いがある。えぐい。ちょっとした伝達の用紙にも消費者金融の広告が入っていたりする描写が桐野夏生。
新聞連載のせいなのか、メタボラ(新陳代謝)というテーマのせいなのか、主人公2人以外の登場人物はあっさりと流されてゆく。あとで出てくるのかなと思われた人物も、2度と出てこない。
宮部みゆきの小説に下町で暮らす口下手な人間が出てくれば、もれなく善人であるというのと同様、桐野夏生の小説に頼りがいのある善人が出てくると、もれなく裏がある。その辺に両者の才能の違いがあるような気がする。というか宮部みゆきの限界。
『メタボラ』には、“イズム”という名の男が登場する。イズムは沖縄にやってくる“自分探し系”の若者のカリスマ。彼は恩納村でパラダイスマニア・ロッジというボランティア組織を運営している。
おそらくこの“イズム”のモデルは、最近沖縄の孤島を自分たちの遊び場にしようとした計画の中身がばれ、島を追い出された高橋歩と、路上詩人から環境NPOの主宰に転身した軌保博光ことてんつくマンだろう。キャラ設定痛快。
この小説に不満があるとすれば、この“イズム”のキャラが終盤、急に減速するところだ。『OUT』が現代版『蘇る金狼』だったのに比べ、本作が現代版『すかんぴんウォーク』止まりになったのは、終盤の緊張感の無さのせい。まあ、でも作品のトータルとしては『メタボラ』は『OUT』よりおもしろかった。


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