『ポピュラー音楽と資本主義』
昨今の新自由主義的なイデオロギーの浸透のなかで、マルクス主義も批判理論も世の中から消えてしまって、ポピュラー音楽があたかも自由な自己表現の手段であると素朴に信じられている傾向が強まっているようです。
本書の前書きより。
いきなりアドルノがどーたらとかいう本だったら読むのを止めようと思っていたのだけど、この一文で「あーそうかぁ、それって真自由主義のせいなのか」と先制パンチを喰らい、あとは一気に読めた。
せりか書房 (2007/07/03)
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本書はポピュラー音楽を「経済的条件によって生み出され」るものとして、音楽のなりたちと経済及び、社会的背景との関係を綴る。「あ、カルスタね」といわ れると、まあそうなんだけど、“新自由主義”とか“後期資本主義”みたいな資本主義の重要用語と音楽が結び付けられていくのはおもしろいしためになる。
とはいえ、やっぱり前半で延々アドルノの話。ただ、本書はアドルノ、マルクスからポストフォーディズムまでを、その存在すら知らない人間にもわかるように説明してくれるなど、あくまで一般向 けに書かれているのがよい。大体、僕は「ポストフォーディズム」ってのを、この本を読むまでよくわかってなかった(今でも9割方わかってないともいえるけど)。
ちょっと抜粋をすると、
「フォーディズムからポストフォーディズム」、つまり、フォード自動車がベルトコンベア工場とともに作り上げたシステム=“大量生産大量消費、工場労働、 年功序列、福祉社会”という時代から、それ以後に、主にトヨタ的といわれるシステム=“少量生産少量消費、産業のソフト化、非正規雇用・パートタイム、小 さな政府”への移行が大体1968年~1973年くらいに起こる。
その「ポストフォーディズム」との関連で取り上げられるのは、消費サイクルの早さによって次々と忘れられていった70年代ロック。象徴的なのはピーター・フランプトン。
そして、“新自由主義とフリーターの九十年代”の章では、「フリーター的な世 代のBGMとしてJポップが流れていた」として、「自分らしさ」を前面に押し出す槙原敬之の『どんなときも』『世界にひとつだけの花』などを関連付ける。
『部屋とYシャツと私』と環境管理型権力化とか、『パート・タイム・ラバー』と非正規雇用拡大とかっていうのはどうだろう。時代が一致してない? これは僕の妄想だけど。
あと、最後に本書はKLFについて5ページも割かれていることに触れておかなきゃ。
僕はパンクにもYMOにも乗り遅れているし何の感慨もないんだけど、KLFは 経験できた。これまで僕がもっとも影響を受けたポップミュージックの偉人は、マルコム・マクラーレンでも、大瀧詠一でも、ジョージ・クリントンで も、吉川晃司でもなくKLFだったと思う。前にも書いたことがあるけど、フリッパーズ・ギターを始めとする90年代的なマインドって何よりもKLFの影響下にあったと思 う。誰も言わないけど。
Arista (1992/02/20)
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前の記事みましたが、ドイツ表現主義と新即物主義が区別できてないと思いますが。まぁ終ったんでいいんですけど。
投稿情報: アフリカ都市計画 | 2007年8 月 6日 (月) 21:36
KLFってジェネレーションによってはそういう人たちだったんですね。それにしても、音楽マニアって何でこうイデオロギーが大好きなんですかね。
投稿情報: 赤枕十庵 | 2007年8 月17日 (金) 09:52