通信と恋愛 その1
グーテンベルグ以降、恋愛とはメディアを通して行なわれてきた。多分。
流行歌から、その遍歴を辿るなら1978年の『カナダからの手紙』は言うまでもなく、手紙、しかもエアメールというメディアを通した恋愛の歌。ちなみにラブ・メッセージではないが1976年のピンク・レディー『S・O・S』のイントロにはモールス信号が使われている(LPバージョン)。
そういう具合に通信、通信網を歌った流行歌を考えてみる。僕が生まれた1973年のヒット曲に「リンリンリリン」というベルの音で始まるフィンガー5の『恋のダイアル6700』がある。少なくとも当時の電話がリンリンなっていたことと、ダイアル式だったことはわかる。
僕が小学校に入り、歌番組などを観るようになって最初に夢中になったのが、当時デビューしたてだったチェッカーズだった。彼らの最初のヒット曲、1984年の『涙のリクエスト』では、「ダイヤル回してあの子に伝えてまだ好きだよと」と歌われていた。この時点でもまだ電話はまだダイヤルを回してかけるものだった。
同じ年の夏には、盲目のスティービー・ワンダーが電話の受話器を持って歌ったPVが印象的な『I Just Call to Say I Love You』がヒット。まるでNTTのCMソングのために作られたかのような曲だが、実際のちにNTTのCMソングにもなっている。このPVに登場する、ピアノの上に置かれた電話の受話器は赤と黒のツートンのオシャレなデザインだった。ボディは確認できなかったがプッシュホンだったのではないだろうか。
日本でプッシュホンが普及するのは翌1985年の電話機の自由化以降のこと。この年、電電公社は民営化してやっとNTTとなった。
不倫をモチーフとしてヒットしたドラマ『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』は民営化と同じ1985年の作品。その主題歌「恋におちて~Fall In Love~」では、「ダイヤル回して手を止めた」と歌われる。恋愛における微妙な心模様を、ダイヤルという小道具でうまく表現したこの歌は、ダイヤル式電話時代末期に生まれた傑作。
この辺までが、ケータイ前史にあたる。
一方、この翌年にはインターネットの登場を予言する岡田有希子の『くちびるNETWORK』がヒット。一気に時代はグローバルネットワークの時代へ。プッシュホンを唄った歌があるかどうかはすっ飛ばして、ケータイがいつ出てくるのかを検証。
1994年のEAST END×YURIの『DA.YO.NE』は、ポケベルからケータイへの移行期であることを示す歌だ。この曲は男の言葉に女が突っ込みを入れる形式になっている。
男「携帯持って すかしてんじゃねーよ」
女「でも本当はすごっい 欲しいんでしょ」
男「だよねー」
この歌の前半部分には「ベル打っても返事はなっしー だっしー」と言う歌詞がある。つまりポケベルは普通に持っているが、携帯はまだ憧れの存在だった。
裕木奈江が主演したドラマと同名の主題『ポケベルが鳴らなくて』はその前年の1993年。ビジネスツールとして普及したポケベルが、ギャルのアイテムとして、ギャルブームとともに浮上。1996年にNTTドコモの「広末涼子、ポケベルはじめる」のCMで広末涼子がこの時代のナンバーワン・アイドルに踊り出る。
しかしポケベルは次第に姿を消し、ケータイの時代へと移行。携帯電話の普及を示す歌には、さとう珠緒の『ステイ・ウィズ・ミー』がある。
「3秒ごとにどこかでさわぎだす 携帯のベルをBGMにして」
前後の歌詞から、都会の雑踏にいることがわかるのだが、そこでは3秒に一度は誰かの携帯が鳴り出すという。携帯電話の普及率は当時より遥かに今の方が高いが、バイブレーションが定着したのか、そこまでのシチュエーションにはそうそう出くわさないかもしれない。
ポップスにケータイメールが登場するのはいつのことか? こちらによると2001年2月21日に発売されたタンポポの『恋をしちゃいました』が最初なのではないかと指摘されている。
かつてのDDIポケットのサービスとしてPメールが登場したのが1996年11月。1999年にimodeが登場し、ケータイメールが一般化している。
タンポポの2ヵ月後に松浦亜弥のデビュー曲「ドッキドキ! LOVEメール」が登場。
広末涼子がポケベルというメディアとともに生まれたミューズだったように、松浦亜弥はケータイメールのミューズだったのだ。
その辺の詳細はまたそのうち。
*コメント蘭やブクマでの間違い箇所への指摘ありがとうございました。
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裕木奈江じゃなくって国武万里。裕木奈江はドラマの主演。
でもって、モーニング娘。の「ハッピーサマーウェディング」(2000年)に出てくるメールはパソコン?ケータイ?(「電話やメールじゃなんだから」っていう歌詞が)
投稿情報: ぼー | 2007年7 月27日 (金) 01:05