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2007年6 月27日 (水)

セリカの歴史とユーミンと頭文字D このエントリーをはてなブックマークに追加

Cerica

トヨタ「セリカ」生産打ち切りへ(読売新聞 2006.4.12)


 

セリカ自体の生産打ち切りは、去年の4月。一年前に書いた記事をブログ移転のため、再掲する。よく思うことだけど、昔の自分のブログはおもしろい。

■セリカの誕生

初代セリカが発売したのは1970年の12月。この頃の国産スポーツカーといえば、一番人気はスカイラインだったはず。1969年に始まった“愛のスカイライン”キャンペーンが大当たりしていた時期だ。セリカの宣伝担当はこれを真似たのだろう。セリカのキャッチフレーズは「恋はセリカで」というものだった。愛とか恋とかクルマ今となってはよくわからない。ちなみに小林亜星が手掛けたCMソングもあったようだ。

Kenmeri 日産はスカイラインの4代目となる通称“ケンメリ”を1972年に投入する(写真左)。

このケンメリと初代セリカのスタイルは少し似ている。流線型っぽいスタイルで、顔も丸いふたつ目。ケンメリの前面部分(顔のとことしかいえないくらい僕はクルマの知識がない。バックでの車庫入れが苦手。)は当時のアメリカで人気があったスポーツカーのダッジ・チャレンジャー(1970年型)を真似たと設計者自らがインタビューに答えていた。

ダッジ・チャレンジャーはニューシネマ『バニシング・ポイント』に出てくるやつ。バニシング・ポイント

セリカの生産は、ダッジと同じ1970年。 Wikipediaによると、セリカは1965年型「フォード・マスタングのヒットに倣って」生まれたものだったようだ。多分上述の二つもこのマスタングのデザインの影響下に生まれているのだと思う。

■ユーミンとセリカ
フォード・マスタングは唄の歌詞に多数登場するクルマだ。ウィルソン・ピケットの『ムスタング・サリー』はたくさんの黒人シンガーがカバーしているし、セルジュ・ゲンズブールは『フォード・ムスタング』、マルコス・ヴァーリは『血の色のムスタング』という曲を残している。日本でもまんまムスタングというGSバンドが『ムスタング・ベイビー』を唄っていて、そのリーダーは今は吉祥寺でバーをやっているらしい。さらに昨今ではクレイジーケンバンドの『GT』がもある。

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セリカに話を戻せばユーミンの曲の歌詞に“白いセリカ”登場する。1980年のアルバム『時のないホテル』に収録されている『よそゆき顔で』という曲。

砂埃りの舞うこんな日だから 観音崎の歩道橋に立つ ドアのへこんだ白いセリカが 下をくぐってゆかないか

Wikipediaのいうことを信じるなら、この白いへこんだセリカは初代とのこと。詞の内容は、結婚を前にした女性が昔を思い出すため、懐かしい場所を訪ねたというもの。そこで思いをはせたのが「悪ぶってた」時代のボーイフレンドが乗っていた車、白いセリカだったということらしい。

「悪ぶっていた」といってもヤンキーではなくセンスのいい湘南くんだりのボンボンだったのだ。 ユーミンの歌にクルマは付き物。『コバルトアワー』には“ベレG”こと“いすゞ・ベレットGT”が出てくるし、『流線形’80』というジャケに車が描かれたレコードも出している。まだ八王子の実家にいた時代からボーイフレンドの松任谷正隆に中央高速をオープンカーで送ってもらっていた(『中央フリーウェイ』の歌詞参照)ユーミンの実体験を考えるに、おそらくほとんどアメ車(旦那の松任谷正隆といえばカーグラTVの人)だったものと予想が付く。しかし、歌に謳うときは、庶民感覚にダウンサイジングし、国産のスポーツカーを登場させていたのだろう。

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■その後のセリカ
ちなみにマンガの『頭文字D』にもセリカ(90年代以降のモデルだけど)が登場する。

主人公・拓海のサッカー部時代のいけ好かない先輩が乗っているのがセリカ。その先輩は東京の大学に行っており、何の哲学も無く最新のクルマに乗っている(“走り屋”ではないということ)。そのいけ好かない先輩が拓海のガールフレンドのなつきをセリカで連れ去り、拓海はそれを雪道の中を取り返しに行く。どノーマルのハチロクで挑む拓海にフル装備のセリカは負けてしまう。その後、車はスピンして大破したんだっけ?

頭文字Dの世界では東京イコール敵なのだという話は前に書いた。セリカはいけすかないクルマとして描かれたのだ。僕が小学生の頃(1983年頃)に住んでいたマンションにひとり暮らしをしていた大学生がセリカXXに乗っていた。当時はクルマの車種を全部言えるような子どもだった僕は、よくリフレクタブルのライトを上げるところ見せてもらった。そのマンションは家族向けの分譲のみの物件で、今考えるといい身分の学生だったんだとあらためて思う。医学部の学生だった。 ちなみにセリカXXはセリカの最上位機種で、このXXの後継車としてあのスープラが生まれている。スープラになると“速い、高い、けどモテない”という、走り屋向けのオタク車になってしまう。スポーツカーは少し嫌味でいけ好かない感じの方がいい。セリカはそれを持ち合わせたクルマだったように思う。

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