他人の好きな音楽を見下すな、いや見下せ!
前のエントリで「被差別音楽」という言葉を使ったけど、音楽においては差別は存在した方がいい、むしろ絶対に必要だと思う。
1950年代半ばにプレスリーが出てきて、黒人の歌い方や踊り方を真似して歌ったら、良識のある白人たちは眉をひそめた。エド・サリバン・ショーでの演奏でTVカメラはプレスリーの上半身だけを映した。性的なものをストレートに俗悪に表現する黒人のスタイルを、白人の大人たちは危険なものとして隔離しようとした。
ロックンロールの誕生には、こういう蔑み、遠ざけようというプレッシャーが働いていた。
ロックンロールが文化になりえたのは、別に音楽的な形式とかリズムの拍子とかではなくて、こうした蔑み、差別の対象であったから。
差別を受けないポップミュージックは単なる商品だ。それも子ども向けの。つまり、ポップミュージックでは差別される部分のみに価値があるというわけ。
ボブ・ディランがカリスマになれたのは、彼がエレキを持ったときにブーイングを飛ばしたインテリ学生たちのおかげだし、日本でビートルズが文化になれたのは正力松太郎のおかげ。パンクがパンクでいられたのは、煙たがってくれるオトナがいたから。
「何を聴いても、個人の自由だよね」といった瞬間に文化としてのポップミュージックは死ぬ。そういうものだ。ただの商品。プリンセス・プリンセスは「好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ♪」と歌ってたっけ。大嫌いだった。
音楽だけじゃなくて、ファッションもそう。ちょっと前に坂本龍一がジャージで食堂にいる人が嫌いという発言をして「ジャージ差別反対」という声が上がったけど、あれはむしろ「差別してくれてありがとう」といわなければいけない。
あと、僕らオトナがティーンの音楽やファッションに理解を示すのは害以外の何ものでもない。文化を育てる者の義務として、徹底的に蔑み、差別してやらないといけない。「あんなやつらに武道館は使わせない」くらい言うべきだ。
とりあえず大塚愛のルックスはひどい。

トラバがうまく飛ばないよ
like a rolling stoneは凄いと思った。
投稿情報: マ儿コ | 2007年4 月22日 (日) 12:00
僕は大好きなクラッシュのTシャツは自己意識キョウーレツ過ぎとか思って着れないけど、そうでもないレッド・ゼッペリンのオサレなダメージドTシャツは着れる。むしろ勘違いしてくれ、みたいな。原宿で10代のワケー女の子がAC/DCのTシャツ着るみたいな。
投稿情報: | 2007年8 月21日 (火) 22:30
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投稿情報: datvnr tncps | 2007年9 月 7日 (金) 04:41
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投稿情報: pdixaf usligyqcn | 2007年9 月 7日 (金) 04:42