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2006年7 月30日 (日)

早過ぎたスパリゾート、船橋ヘルスセンター このエントリーをはてなブックマークに追加

Funabashi

船橋にある巨大ショッピングセンター「ららぽーと」は1977年に営業を終了した船橋ヘルスセンターの跡地に建ったものだ。その船橋ヘルスセンター、これまで名前しか知らなかったのだけど、ちょっと調べてみたらかなりの規模のレジャー施設で驚いた。

いまとなっては温泉を中心とした健康ランドやレストラン・ショッピング施設やエステなどを備えたスパリゾートはたくさんあるが、そのはしりといえるのが船橋ヘルスセンター。

オープンは1955年、国策としてレジャーを推進し、総合商社による観光開発が始まる以前の時代にできている。元々工場誘致のために埋め立てた土地だったが、予算が尽きたこと、温泉を掘り当てたことが重なりレクリエーション施設が建設されることになったようだ。 船橋ヘルスセンターは単なる温泉リゾートではなく、複合レジャー施設として、広い土地に次々と施設を拡張し増殖していった。

劇場、卓球場、モーターボート、海水浴場、潮干狩り上、ボート池、結婚式場、ホテル、レストラン、物産館になどに加えて、のちにプールや観覧車、メリーゴーラウンド、ローラーコースターといった遊戯機械、遊覧船や小型飛行機のアトラクションが追加される。さらには人工スキー場、ボウリング場など若者向きの施設も複合する。
引用元『日本の遊園地

ページの頭の絵がその全貌で、三井不動産のサイトに行けば巨大なビーチの写真等も見ることができる。 船橋ヘルスセンターの最盛期は1963~67年頃で「年間四五〇万人を超える来客があり、三〇億円以上の売り上げがあった」(同上)とのことで、レジャー施設としては大成功だった。

時代が感じられておもしろいのは、カップルの入場を拒否していた点。いまどきのテーマパークは家族以上にカップルをメインのターゲットに捉えてイベントなどが企画されるけど、船橋ヘルスセンターはカップル禁止だったのだ。再度上で取り上げた『日本の遊園地』から引く。

健全な行楽地であるためには、「赤線・青線じみた感じ」となることを拒む必然があった。どうしても夫婦で利用するには「証明する戸籍謄本と写真」の提出を求めたという。

未婚カップルや子供のいない夫婦にとっては冬の時代ということか。ちょっと前に新婚カルチャーについて書いたけど、それともつながってくるかも。 ちなみに一時期はかなり成功した船橋ヘルスセンターがだめになったのは、1970年代に入ってからのようだ。その理由は「ニューファミリーのレジャー嗜好の変化」「地盤沈下防止のため温泉源採掘が禁止とな」ったこと(三菱不動産のサイト)などさまざまだが、主な顧客だった農協などの団体客がもっといかがわしいものを求め、フィリピンなどの東南アジアに出かけたからという理由が真実っぽい気がする。

ちなみに船橋ヘルスセンターといえば有名なのが三木鶏郎がCMソングを作ったテレビCM。YouTubeで見つけた。僕もこれまで音源は聞いたことがあったけど、映像は始めてみた。

YouTube - 懐かしいCM「船橋ヘルスセンター」

【参考資料】 ららぽーと誕生物語:三井不動産株式会社

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