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2006年4 月19日 (水)

連合赤軍事件の現場、現在のあさま山荘探訪 このエントリーをはてなブックマークに追加

Asama01 かの連合赤軍事件の舞台であるあさま山荘にいってきた。

ここには事件跡地として何かしらの碑などがあるわけではなく(碑は別の場所にある。多くの人はそこまでしかいかない)、観光客が気軽に立ち寄れるようにはなっていない。というか、別荘に用がある以外の一般観光客は原則的には立ち入り禁止だ(別に門番がいるわけではないけど)。

一応前もって、すでに行った人間の記録をネットで調べていったが、それでも1時間くらい探してやっと探し当てた。なんの知識も無かったら絶対に見つけられなかったと思う。

なので、これから行ってみたい人のためにも案内情報を残しておこうと思う。

■あさま山荘に行くには?

Asama02_2 まず、あさま山荘というのだから浅間山を目指すのは間違いで、場所は南軽井沢。最寄駅の軽井沢からは6キロの距離にある。高速を使う場合は碓氷軽井沢インターチェンジから軽井沢方面に約10キロの距離。 目指すのはレイクニュータウンという別荘の集積地。

レマン湖という人口の湖(2006年4月現在、水は無かった)のそばに管理事務所やレイクニュータウンのゲートがある。さすがに半世紀前の別荘地だけあり、この辺りは絵に描いたゴーストタウン。

レイクニュータウンの中は車で登れる山道が無数に広がっており、約2000の別荘が立ち並んでいる。 『突入せよ!「あさま山荘」事件』、『光の雨特別版』などを見て想像していたあさま山荘のイメージは、山の頂きに孤高とそびえたっているというものだったけど、実際には隣近所に幾らでも人も住居もある地域だ。ちょっと拍子抜けする。

ただし、約2000の別荘から目的の浅間山荘にたどり着くのは至難の業。車は絶対必要。僕らが前もって仕入れていった情報は、“NHKの別荘の近く”、“現在の所有者はデザイン会社(事件当時は河合楽器の持ち物だった)”、“別荘番号728(これは佐々淳行の『連合赤軍『あさま山荘』事件』に載っていた)”の三つだった。

僕らは山の右側(向かって)から片っ端から探したのだけど、山の左から辿っていけばそうは時間がかからなかったかもしれない。通りの名前だけでわかるというような道ではないが、ポプラ通りをめざしていけば、NHK別荘の案内図を見つけることができるはず。あとはその看板を追いかけて山を登っていけばいい。NHK別荘を目指すと同時に○○デザイン(一応伏字にしておく)という別荘の案内も同時に出てくる。この○○デザインの別荘こそ目的のあさま山荘だ。

まずはこの表札の別荘を探してから、その一本下の道に回って左の写真を撮った。 当時の面影は色濃く残しているが、3階建てが4階建てに改修されるなど、多少の違いはある(もちろん鉄球の痕はもうない)。それよりも、広大な場所にそびえたっているイメージが強かったので、あまりにも間近に見えるこの建物が本物かどうかが疑問だった。だって上の写真を撮った位置からほんの7、8 メートルのところにバルコニーがある。こんな近くで撃ち合いをすれば狙い撃ちもいいところだ。映画での感触に比べて近すぎる。まあそんなものかもしれない。

Asama03 ちなみに側面の写真はこう。

僕が行った4月は完全にシーズンオフだったので怪しまれずに内部をぐるぐる探し回ったりすることが可能だったけど、人が多い時期などは楽にはいかないかもしれないので注意。

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» 浅間山(前掛山) from HELLO MOUNTAIN
浅間山 4年ぶりに噴火 噴煙400メートル 写真 今回、浅間山に登った翌日に観測... [続きを読む]

» 現在の「あさま山荘」 from 今日もリンゴの木を植える
はどうなっているのだろう、とすこし疑問に思ってググってみる。 あれだけ、モンケン(鉄球)で壊された山荘だから、 てっきり取り壊されて跡形もないのだろう、 と思っていたら、今もあるようだ。 というより、2006年に探し当てて、見に行った方のブログを発見。 http:...... [続きを読む]

コメント

小田原1949

お疲れ様でした。私は6年前の夏に現地を確認しようと思い立ち、出かけました。慰霊碑に手を合わせて、噴水の上がる人工湖で警察らしい人に場所を尋ねましたが、立ち入り禁止です、教える事はできませんとのこと。勝手に発地、風越地区を走り回りました。山を越えると目的を忘れそうな農村地帯。引き返して途中の山際に進入禁止を発見。ここかなと車を停めて徒歩で一車線の道を登りましたが、30分ほどの散歩道。開発途上のままで荒れ果てた別荘地でした。そんな訳で行き着けず、次の目的地の軽井沢、草津へ向かいました。今回読んで納得しました。再び行こうと思います。

ぷーこ

11月14日に行ってきました
ポプラ通りを走ってきたのですがNHKの山荘と730番の別荘はあったのですがあさま山荘は見つかりませんでした
ポプラ通りにNHKの看板もデザイン会社の看板もありませんでした
NHKの山荘は偶然散歩中の人に確認しました
でも、NHKの山荘には山荘名は消されていました
どなたか探し当てられた方、場所を詳しく教えてください

ぷーこ

ちなみに冬場はスタッドレスでないと無理だと思います

cymbaline1669

本日、「あさま山荘跡」を見てまいりました。
仕事で軽井沢方面に行く事になったため、事前にこの記事を見て“勉強”して行ったため、すぐに見つけられました。
感謝致します。
レマン湖には水が張ってあり、ゴーストタウン化していた麓の平地部の別荘も何軒かは改修工事中でした。
たまたま建築関係の仕事をやっておりますため作業着を着ておりましたので、怪しまれる事もなく山中に入って行けましたです。
とにかくT字路に当たったら「左」「左」と回り込みながら細い山道を登りました。途中、電気工事屋さんの車とすれ違いましたので「改修工事の現場を探してるんですが。あさま山荘の現場近くと聞いているんですが。」と聞いてみましたが「わからない」との答えで。
じきに「ポプラ通り」に出くわし、それも左に回りこみましたら発見!。夢中で写真を撮りました。
○○デザイン社はここを放置していますね。窓ガラスも割れたままですし。ビールのケースが5,6ケース置いてありましたけど。
歴史を感じ、しばし夢のようなひと時を過ごしてまいりました。
ありがとうございました。
…しかし道路、細いですね。あれで良く鉄球作戦とか、やりましたな…。

-

http://maps.google.co.jp/maps?q=36.289132,+138.621948&num=1&vps=1&jsv=240b&sll=36.5626,136.362305&sspn=21.648293,28.344727&hl=ja&brcurrent=h3,0x601c2bc86fd008f3:0xcd51619576f7b444&ie=UTF8&geocode=FWy6KQId_DNDCA&split=0

ゲバルトローザ

若松コウジ監督の実録浅間山荘事件 を見てきました。
思い起こせば、オウム真理教の数々のテロ行為と並ぶ
世間の耳目を集めた大事件でした。あの事件の内実を
おそらくできるだけ忠実に描いたものと思います。とても尋常な頭脳では考えられないような武力革命への夢を追って、革命的でないと判断されれば即全員の前で総括される、それも居合わせた全員が加害者になって一人をリンチし続け、果ては死んでも放置したまま。はっきり”死刑”と宣告されれば情け容赦もなく殺害される。恋人を追って一緒に山に入った女性は
女性らしいしぐさをつぶさに観察されて、糾弾される。自らの手で自らの顔面を破壊しつくすほど殴らされる。人里離れた雪の山奥でこのような総括と呼ばれるリンチが繰り返される。そのあげくの逃亡で行きついたところに建っていた浅間山荘。ここを最後の砦として警察との攻防戦が展開される。テレビに釘付けにされたあの鉄球で山荘を破壊する場面が山荘の内部から描かれる。あの浅間山荘の現在がこのブログで知ることが出来ました。富士山麓のサティアンのごとく、悪夢の山荘は姿を変えていたのですね。

心待ち

昨日おかげ様で山荘の現在を見てくることができました。
ありがとうございました。
夏場は葉が生い茂っている分、コソコソ行動はしやすいようですが
こちらのブログのお写真ほどに全体像を見ることはできませんでした。

実はカップヌードルを用意して行ったのですが、
かつての事件の舞台を目の前にするとそんな気分にはなれなかったです。
(そもそも私有地内ですし)

当時

ポプラ通りを走ってきたのですかあそこは浅間山荘跡ではなくさつき山荘跡ではないでしょうか?犯人に機動隊員1名が撃たれた場所ですよね

ぶらり散歩

あさま山荘に行ってきました。この記事のお陰で無実きました。
夕方行ったのですが、不気味な場所でした。
40年前に起きた事件を語るかのように闇のなかに姿をみせた
あさま山荘に、びっくりしました。
ありがとうございました。

アラフォーです

私は父が河合楽器にいたので、宿泊したことがあります。
子どもだったからあまり記憶がありませんが、事件よりずいぶん後だったんだと思います。
保養所とはいえ、あまりキレイではなかったなあ。トイレに大きなクモが出て恐ろしかったことを覚えていますw

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著書

about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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