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2006年3 月15日 (水)

「タイアップの歌謡史」ダイジェスト前編 このエントリーをはてなブックマークに追加

去る3月12日に開催されたオーバルリンク公開セミナー+ライブパフォーマンス 2006「コンテンツとメディアの近未来」に参加してきました。そこで、商業音楽、PRとタイアップの系譜という40分のセミナーをいしたに氏とともに行なったのですが、以下はそのダイジェストです。実際には音楽をかけながらだったのですが、権利の問題もあり、ここではテキストだけ。
あとからレジュメも公開されると思います(追記:されました→コチラ)。

発言は、いしたに氏と僕のものをごっちゃにしてまとめてあります。

オープニングBGM『晴れのちBLUE BOY』沢田研二


「CMソングからイメージソング、タイアップソングという流れでテロップを作っていますが、元々パイの小さかった商業音楽という市場が、70年代以降、広告と密接に関わることで産業化し、大きな市場になっていく過程。そして90年代に成熟、飽和していく中でまた新たなマーケティングの手法が生まれてきているというのがざっくりとしたテーマになっています。」


【CMソング時代】

『僕はアマチュアカメラマン』灰田勝彦
「これがラジオの1951年の民間放送開始と同時に始まった最初のCMソングです。」
「商品名も会社名も入っていないけどCMソング。作詞作曲は冗談音楽の三木鶏郎で、おしつけがましいと嫌われるからと商品名を入れなかったという変り種です。“ピンぼけ”だの“首がない”など商品の欠陥を指摘するありえないCMソングです(笑)。」

『空飛ぶSony』上高田少年合唱団
『鉄人28号』のテーマ曲

「この当時は会社名や商品名を連呼するだけに等しい中身です。」
「鉄人28号のテーマ曲の前には、グリコの社名が連呼されます。当時は番組にスポンサーの冠がつくのは普通でした。」

『コカ・コーラの唄 (スカッとさわやか)』スリー・バブルス
『コークの唄 (コークと呼ぼうコカ・コーラ)』加山雄三とザ・ランチャーズ

「1962年からコカコーラのCMキャンペーンが始まっています。商品名を唄うCMソングの流れですが、“かっこいいアメリカ”“若者のライフスタイル”を喚起させるイメージソングの走りでもあります。」
「CMソングを時代ごとの人気歌手に歌わせています。アレンジなども時代が出ています。コカコーラのCMソングを辿ることで、J-POPの歴史を辿ることが可能です。」
「60年代ならGSのワイルドワンズ、カレッジフォークのビレッジシンガーズ、それに加山雄三、70年代になると朱里エイコ、尾崎紀世彦といった人たち、90年代にはTRFやミスチルが歌いました。」
「コカコーラは二次大戦後、世界中にアメリカ文化そのものとして輸出されました。帝国主義時代にイギリスが中国にアヘンを売りつけて、中国を骨抜きにしたのと同じように、アメリカは砂糖水と文化を世界に売りつけて骨抜きにしました。スティーブ・ジョブスがジョン・スカリーをスカウトする際に"君は一生砂糖水を売りつづけるつもりか?"といった話は有名ですが、コンピュータ以上に砂糖水のほうがよっぽど重要輸出品目でしょう。」

『Big New Life (新コカ・コーラの唄「新世界」)』ピンキーとキラーズ

「これは70年のコカコーラのCMソングですけど、洋楽好きなら元ネタがわかるかと思います。」

『ビートでジャンプ』Fifth Dimension

「フィフス・ディメンションという黒人の男女混成コーラスグループで、60年代後半にめちゃくちゃ売れた曲ですね。コカコーラのCMソングは、わかりやすくアメリカのイメージを伝えるために、アメリカで流行っている曲をわかりやすく焼き直しするのが常套手段。こんなものもあります。かなり笑えます。」

『I Feel Coke '89』JAY-WALK

「これはJ-WALKが歌った1989年のコカコーラのCMソングですがヴァン・ヘイレンにそっくりです(笑)。」


【歌謡曲の起源】

「だけど、そもそも歌謡曲とはそういうもので、絶えず西洋音楽をほぼそのままの形で輸入して、日本風に少しだけアレンジするというものでした」

『山寺の和尚さん』アレンジ服部良一

「これは戦前の流行り歌で、曲は日本語の童謡ですが、完全にジャズのコーラスものになってます。」
「流行り歌を遡ると、明治維新の頃に薩摩の軍隊が東京に更新したときの行進曲まで遡るといわれています。当時の薩摩は英国の支援を受けていたので、英国式です。」


『ホンダラ行進』クレイジーキャッツ

「その行進曲が転じて流行り歌になり、東京五輪辺りまではひとつのポピュラーなジャンルとして存在しました。『365歩のマーチ』くらいがその最後です。80年代の漫才ブームの頃には『うなづきマーチ』というものもありましたけど。」
「明治以降の欧化政策で、音楽も西洋音楽が奨励されます。鹿鳴館がその象徴で、『君が代』ですら、西欧から連れてきた音楽教師の手によるものでした(補足)。」
「歌謡曲とは日本の心ではなく、明治以降の西洋的なものであり、常に元ネタが参照可能なものでしかありません。ビートルズのサージェントペパーズの衣装からGSのカラフルな軍服が生まれ、オリビア・ニュートン=ジョンから聖子ちゃんカットが生まれるといった具合です。」

後編はコチラ

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