「マリオ」から見るアメリカ その1
日本のTVゲームから生まれ、世界的なスーパースターとなった“マリオ”。そのマリオがいかにアメリカのポップカルチャーの影響を下敷きにしているかに関して以前書いたものを、一部修正して再アップします。前も書いたけど、これは一種の企画のプレゼンようなものです。まだ全然形になってないですけど。
■マリオというキャラクターが生まれるまで
マリオが初めて表舞台に登場したのは1981年7月のこと。アーケード版の『ドンキーコング』の主人公としてだ。ちなみにこの当時のマリオには名前すら与えられておらず、設定には“Mr.VIDEOGAME”と記されていた。これは“名無し”に近い扱い。

↑Mr.VIDEOGAME
この『ドンキーコング』の登場には有名な逸話がある。当時、設立されたばかりのニンテンドー・オブ・アメリカは大量に売れ残ったゲームの基盤を抱えてしまう。この抱えた基盤の使い道に困った会社は、入社したばかりの一介のデザイナーにその処理の方法を委ねた。つまり、あくまでビジネスの本流ではなく傍流としての仕事から生まれたのが『ドンキーコング』だった。
その一介のデザイナーの名は宮本茂。言うまでもなくマリオやドンキーコングの生みの親で、現在は代表取締役専務になっている。
■ドンキーコングとポパイ
宮本が手掛けたマリオのデビュー作『ドンキーコング』、実は元々『ポパイ』というタイトルでゲーム化される予定の企画だった。内容は、主人公のポパイが悪漢ブルートにさらわれたオリーブを救うために、ビルを登っていくというものが予定されていた。しかし、見込みが外れ、ポパイの版権の使用権は下りなかった。
■戦前にアメリカで生まれたヒーロー“ポパイ”
『ポパイ』は日本でもおなじみのキャラクターだ。セイラー服に水夫帽にパイプといった出で立ちで、ほうれん草を食べると強くなる。腕に彫られた錨の刺青は荒くれの男を代表する海兵隊のトレードマークだ。
映画『フレンチコネクション』でジーン・ハックマンが演じたタフな刑事のあだ名も『ポパイ』だった。
ポパイは1929年にマンガの主人公として登場している。1933年にはアニメ映画となり当時はミッキーマウスを超える人気の持ち主となった。『ポパイ』が登場した1929年はエンパイアステートビルが着工し、アメリカが繁栄の頂点にいる時期。ポパイが食べるホウレンソウは缶詰に入ったものだった。これはポパイが缶詰メーカーの宣伝だったからのようだ。機械工業化の上に乗っかった反映のシンボルがポパイだった。しかしポパイの登場直後に、アメリカ社会に深刻な不景気をもたらした大恐慌がやってくることになる。
一方、日本でポパイのアニメが初めて放映されたのは太平洋戦争が終わり、テレビ放送が開始され、数年経った1959年5月のこと。ちなみにその当時、宮本茂少年は6歳だった。もしかしたらこの頃のアニメを見ていたかもしれない。
■モチーフは『ポパイ』から『キングコング』に変更
話は戻るが、元々『ポパイ』として企画された『ドンキーコング』は、結局版権が下りずにオリジナルキャラクターを用ることを強いられる。そこで物語の背景として急遽借りてこられたのが『キングコング』だった。悪役のブルートは「コング」に、ヒロインのオリーブは「レディ」に変えられた。そして主人公のポパイは没個性なキャラクター「Mr.ビデオゲーム」に差し替えられた。彼こそがマリオの原型である。
映画『キングコング』が発表されたのは1933年。『キングコング』は、怪獣映画、パニック映画の元祖として知られるが、正確には当時の映画の主流だった、異境の地に出かけた探検隊が未開人や未知の動物に襲われるという“異境冒険ドキュメンタリー”の延長線上にある作品だ。物語の設定もドキュメンタリー作家を名乗る興行師が幻の島、髑髏島の原住民が信じる巨大神コングを撮影するために出向き本当にコングと遭遇するという“メタ異境冒険ドキュメンタリー”になっている。また、1926年にインドネシア・コモド島でコモドオオトカゲが発見されたという史実も物語のベースになっている。
映画『キングコング』もうひとつ重要なモチーフが、1931年に完成したばかりのエンパイア・ステートビルだ。ここを舞台にしたコングの暴走がクライマックスになっている。都市を象徴するランドマークが怪獣映画には付き物という伝統もこの時点で始まった。
■キングコングvsドンキーコングの対決in裁判
映画『キングコング』はその後2度にわたってリメイクされている。1回目は1976年。ジョン・ギラーミン監督でリメイクされており、コングはエンパイアステートビルではなく、世界貿易センタービルによじ登る。2001年9月11日に壊れてしまったあのビルだ。2回目は2005年、ピーター・ジャクソンの手によるもの。こちらはCGで1930年代のエンパイアステートビルが再現されている。
ビデオゲームの『ドンキーコング』の登場が1981年だから、この映画が直接のモチーフに用いられた可能性のほうが高い。レディを連れ去ったドンキーコングを追い、鉄筋のビルを登っていくという『ドンキーコング』の物語は、そのまま美女をさらいエンパイア・ステート・ビル(リメイク版だと貿易センタービル)よじ登った『キングコング』になぞられている。これをおもしろく思わなかったパラマウントは『ドンキーコング』を映画『キングコング』の類似として訴えたが、最高裁までもつれ込んだ結果任天堂側が勝訴する。
テレビ、ラジオの放送が始まり、映画も本格的に娯楽作が作られるようになっていった1920年代~1930年代はアメリカのポップカルチャー萌芽の時代。20世紀後半の日本のデジタルなヒーローであるマリオが、この頃の文化に直接的な影響を受けているのは興味深い。
次回は、アメリカンヒーローとマリオの比較というテーマです。
【参考文献】
・Wikipediaマリオ(ゲームキャラクター)
・『メディアの世紀―アメリカ神話の創造者たち』
・『シンス・イエスタデイ―1930年代・アメリカ』
・『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』
・『電視遊戯時代―テレビゲームの現在』



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