プロレスと天皇制について

戦後、テレビ放送が始まったのが1953年のこと。このテレビというメディアの普及に貢献したイベントが二つあった。ひとつは1954年に巻き起こった力道山を中心としたプロレスブーム。街頭テレビに人が群がる絵は誰もが見覚えのある昭和の風景だ。もうひとつは1959年、美智子妃と皇太子(現天皇)の成婚パレードだ。
プロレスと皇室。一見釣り合わない別々のもの。だが実はそれらが装置として果す役割はとても似ている。
『プロレス社会学―アメリカの大衆文化と儀礼ドラマ』というマイケル・R・ボールが卒論として書いた論文ではプロレスを以下のようなものとしている。
儀礼とは古来、その活動を通じて支配階級から一般大衆にメッセージを伝達し、特定の社会価値観を浸透させることを第一の目的にとり行われます。プロモーターやスポンサーが支配し、興行に大規模な資本を要するアメリカのプロレスは、文字通り社会のエリート層によって創り出された儀礼そのもの。そこには、社会学でいう四つの中核記号―官僚制度、時間の商品化、性差別、資本主義―が見え隠れし、大衆の気づかぬままに、エリートの社会支配が進められている
そうは言っても興行主は商売でやってるだけで、大衆支配なんて大げさなんじゃ? そういう反論ももっともだけど、アメリカが大量破壊兵器というアングルでフセインをステレオタイプの悪玉(ヒール)に仕立てあげ、善玉(ベビーフェイス)を装いやっつけることで大衆の願望を叶え、その他の問題にから目をそらし保守政権を維持させるという構図は「エリートの社会支配」そのもの。日本では悪玉を亀井静香や綿貫民輔に変えただけのおんなじようなアングルもあった。プロレスはこれらのミニチュア版だ。ガス抜き。
一方、皇室とは国民の模範となるべき存在で、美智子様と皇太子が軽井沢でテニスを通して親交を深めたというストーリーは半ば作られたもので、皇室は“リゾート”、“余暇”、“スポーツ”などを世間一般に広めるためのモデルとしての役割を果していた。サーヤ様も趣味にしか金を使わないオタク系男子を家庭に縛り付けるという規範的役割を果した。日清、日露戦争の時代は宮家の主は率先して最前線に行かされ、戦死する役割を要求された。これは国威発揚のためのオーダーだ。マッカーサーが天皇制を廃止させなかったのも、戦後社会の支配に必要と考えたからだった。
つまりプロレスと天皇制は社会の縮図であり、社会支配の道具として機能している。
ただし、この両者が最も機能していたのは半世紀前の話。少なくともプロレスはその機能を果していない。天皇制も50年前ほどは機能していないのではないか。
プロレスは完全に凋落した。テレビで見ようと思っても深夜にちょこっとやってるだけ。替わりに総合格闘技がその座を得た。もはや総合は大晦日に紅白と肩を並べる国民的行事だ。日本の規範にしては外人がやたら勝っているが、そのバランスを取るために高田はふんどし一丁で和太鼓を叩くのだ。
プロレスが規範の座を奪われた瞬間は、橋本真也と小川直也の新日本の一連の抗争だったと思う。橋本は生え抜き(年功序列)のチャンピオン、小川はヘッドハンティング(中途採用)で連れて来られたよそ者。ここにも社会の縮図があった。大衆の願望は終身雇用の橋本が小川を完膚なきまでにたたきのめすことだったのに、新日本プロレスのマッチメーカーはまったく逆をやってしまった。チャンピオンのアウトソーシングを行なってしまった。願望から大きく離れたこ結果、ファンが続々プロレスを離れていったのではないか(余談だが終始終身雇用を貫いたノアは勝ち組みとして生き抜いている)。
そして天皇制の代わりに機能しているのは、ワイドショー、女性週刊誌的なものに頻出するタレントたちではないか。ヨン様やら花田家やらデヴィ夫人やら和泉元彌親子やらが日替わり天皇の役割を果している。
つまり結局のところ何が言いたいのかというと、プロレスの復権をめざすハッスル(運営元のDSEはPRIDEも運営している)が和泉元彌親子を起用したのは慧眼だったということ。天皇的なものとプロレスを横断する唯一無比の存在。今年の大晦日を締めることができるのは和泉元彌&セッチー鬼瓦軍団だけだ(かなり投げやりなまとめ)。

>つまりプロレスと天皇制は社会の縮図であり、社会支配の道具として機能している。
プロレスで社会支配しようなんてヤツはいないって。
短絡的な物言いは良くないよ。
投稿情報: 通りすがり | 2005年12 月18日 (日) 03:36