映画版『電車男』が横断する二つの秋葉原
秋葉原という街を巡る議論があちこちで行なわれているみたい。まとめ的な内容がこちら。
秋葉原はもともとオタクの聖地ではない(ARTIFACT)
斯様にどの年代を秋葉原で過ごしたかによって印象も違うし、街の現状への想いも違う。そして、それだけどんどん中身も変化しているのが秋葉原なのだろう。個人的な話をすれば、秋葉原には1994、5年くらいに一番通っていた。目的は、ATARIとかAMIGAとか海外のゲーム&ハード。それ以降は中古のファミコンソフトを漁りに通ったかな。まあ近々DVDが発売されるらしいので過去に秋葉原について書いた都市論めいたことを少し直して再掲する。
今年の春に公開された映画版の『電車男』は秋葉原が主要な舞台になっており、とくに電気街と風俗街というふたつの秋葉原を横断する内容になっていて興味深い。
映画中でエルメス(中谷美紀a.k.a.元ThinkPadのCMガール)は「パソコンを選んで欲しい」と電車男に告げ、絵葉書で“秋葉原に行きましょう”と誘う。エルメスにとっての秋葉原はパソコンを買うところだ。もちろん今でも秋葉原でパソコンを買うことはできるが、パソコンを買いに秋葉原に行くというのは、今の秋葉原を知らない人の台詞(除く、自作する人と中古を狙いの人)。
つまり、
過ぎ去った秋葉原=エルメス的秋葉原=電気街=ハードの街
一方、山田孝之演じる電車男はオープニングでフィギュアやプラモ等のオタクアイテムをチェックするために秋葉原に通っている。これは現在の正しい秋葉原像に近いと思う。もっと正確にいえばエロとメイドがあふれる風俗街。
現在の秋葉原=電車男的秋葉原=電脳風俗街=ソフトの街
映画に描かれたのはこのふたつの秋葉原だ。この認識の違う二人が互いの認識をすれ違わせたまま結ばれて映画は終わる。現在進行形の秋葉原は電車男よりも少し先に進んでいる。それは、新しいオフィスビルが建つIT産業の拠点としての秋葉原像。
“新ビル”に見ることができるような変わりゆく秋葉原が存在するが、映画にはまったく映されることはない。ラストで延々この街の電飾が映されるが、この派手な電飾もITの拠点に似つかわしくないと消えて行くことになりそう。
現在の秋葉原の都市計画が着々と進行してゆけば、映画の『電車男』は、「あー昔アキバってあんなだったよね。懐かしいよね」なんていわれる対照になるはず。そんな常に中身が変わっているこの街をフィールドワークする楽しさっていうのが『アキバblog』のおもしろさなのだろうと思う。
▼関連
秋葉原地区まちづくりガイドライン
http://www.metro.tokyo.jp/INET/KEIKAKU/SHOUSAI/70B4B100.HTM



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