2010年7 月27日 (火)

ワインレッドの心と日本のワイン消費史 このエントリーをはてなブックマークに追加

サントリーの創業者・鳥井信治郎は、当時評判が悪かったワインを日本人向けに甘味料を配合し、1907年、“赤玉ポートワイン”と命名して発売した。これが一般的な日本人のワイン消費の始まりである。

赤玉ポートワインで舌を慣らされた日本人が、味付けワインを卒業するのは、`70年のワイン輸入自由化以降のことである。とはいえ、実際に甘味果実酒の消費量をワインを抜くのは、自由化からさらに5年を経る1975年まで待たなくてはならないのだ。

その後、`80年代に入ると関税の引き下げや円高の影響もあり、輸入ワインは手軽に手に入る飲み物として定着していく。さすがにこの頃になると、甘味料で味付けされたワインを飲む日本人はほとんどいなくなっていった。

ワインが生活に馴染んでいった80年代のヒット曲に、安全地帯の『ワインレッドの心』がある。


`84年の年間チャート2位を記録するという大ヒット曲の歌詞を書いたのは井上陽水だ。安全地帯はもともと陽水のバックバンドを務めていた。言うなれば、ボブ・ディランとザ・バンドの関係である。

♪哀しそうな言葉に 酔って泣いているより ワインをあけたら
歌詞:井上陽水

過去の恋愛を忘れて、ワインを飲もうよ。ほろ苦い大人の恋の場面を描いた歌である。憂いのある玉置浩二の歌い方も、大人の恋の世界を醸し出していた。

とはいっても、実はこの曲、赤ワインを甘いソーダで割ったサントリーの商品“赤玉パンチ”のCMソングだった。赤玉ポートワインは、『赤玉スウィートワイン』として、現行の商品として売られており、そのさらにソーダ割りが“赤玉パンチ”である。

ワインが登場する大人のほろ苦い恋の歌だと思ったら、そのヒロインが飲むのは甘いソーダの入った赤ワインだったのだ。シャンパンで乾杯しようと思ったらシャンメリーだったみたいながっかり感は否めない。『ワインレッドの心』はまだワインに味付けがされていた時代の甘ったるい残余のような歌なのである。

ボジョレー・ヌーボーが大流行するのは、この曲がヒットした直後のバブル時代の真最中のことであった。日本人のワインの消費量はその後も右肩上がりに成長。そして、青田典子との熱愛が報道される玉置浩二のバブル臭さもいまだ絶好調である。

2010年5 月31日 (月)

長髪時代の終わりとパンチパーマの起源 このエントリーをはてなブックマークに追加

かつて、理容業界では若者の理髪店離れが問題になった時代があった。

それは、グループサウンズや吉田拓郎らフォーク勢が若者のアイドルとして台頭し、ヒッピー族、フーテン族が跋扈した70年前後のこと。当時の人気歌手の長髪をみんなが真似たのだ。

当時の大スターである吉田拓郎に♪僕の髪が肩までのびて♪(『結婚しようよ』)と歌われてしまっては、世の理髪店にとっては大打撃以外のなにものでもない。ほんと営業妨害。

そんな危機的状況には、業界として立ち向かう必要がある。そこで立ちあがったのが、全国理容環境衛生同業組合連合会(全理連)である。全理連は、緊急プロジェクトチームを結成する。そして、長髪ブームを終わらせようと、ロン毛に変わるファッション性の高いショートヘアスタイルの開発に乗り出したのだ。

冗談のような話だが、事実である(参考文献『ヤクザ・風俗・都市―日本近代の暗流 』朝倉喬司 )。

全理連が開発したパンチパーマは、彼らの目論見どおり若者の間で流行する。その普及にはひとりの青年が貢献した。その青年とは、『銀座NOW』出身で、`77年に『失恋レストラン』でデビューした歌手の清水健太郎だった。


Shimiken シャイで硬派なイメージで売り出されたシミケンは若者たちの新しいアイドルとなった。彼の真似をした若者は、こぞって彼の髪型を真似た短めのウェービーなヘアスタイルにしたのだ。

当時彼の髪型は「健太郎カット」と呼ばれていた。全理連は、彼をポスターのモデルとして起用し、床屋の店頭にかざられていた。そう記憶している。

この当時、僕自身はまだ小学校にも満たない子どもだったが、その後、10年ばかりは常に床屋にとっての理想ヘアスタイルがシミケンのまま更新されなかったから、その雰囲気を覚えているといった程度であるのだが。

ちなみに「健太郎カット」はいまでも「カットチャンピオンの店」と看板が掛かっているようなオールドスクールな床屋ではいまだに推奨されているような気がする。

清水健太郎=パンチパーマというイメージは強くある。だが、実は結構間違っているのではないだろうか。彼の髪型が徐々にウェーブを増していくのは確かだ。ただし、パンチパーマというわけではないように思える。ただ、本人の男前度や顔から受ける印象の問題もあり、なぜかちょっとしたウェービーヘアーが、パンチパーマという印象に変換されてしまう。

ちなみに、当時のパンチパーマとは、「ニグロパーマ」などとも呼ばれ、親しまれていた。アイパーとパンチの呼び名の違いは、道具の違いなど技術的な用件に規定されるモノのようだが、ここでは議論の対象にしない。

正確なことはわからないが、パンチパーマという髪型が暴力団組員の定番として定着したのは、そんなに古いことではないのではないか。定着したのはシミケン登場以降のような気がしている。少なくとも、`73年にシリーズがスタートした実録風やくざ映画『仁義なき戦い』のシリーズにはパンチパーマのキャラクターは1人も出てこない。

菅原文太は角刈り、小林旭はきっちり七三である。これは時代考証的なもの込みの話なのかも知れないが。

さて、『失恋レストラン』では、恋に破れ「ポッカリあいた胸の奥」を満たす「飯」を出すレストランが舞台だったやくざ=パンチパーマというイメージが定着するのは、シミケンのその後の人生と密接に結びついているのかもしれない。彼の「ポッカリあいた胸の奥」を埋めたのは飯ではない別の何かだったのだが、それは大人の事情が絡む内緒の話であった。

余談だがこのブログを書いている僕の名は速水健朗である。その字面のせいか、いまだに「シミズケンタロウさん」と病院の受付などで呼ばれることは少なくない。

2010年5 月22日 (土)

自動車とポップス~ドライバーシートと助手席の攻防を巡るアンダーステアな40年史 このエントリーをはてなブックマークに追加

アクセルふめば 恋のスピードあげてくる
握るハンドル 彼の横顔 愛のサインが浮かぶ
Go! Go! 走れ レンタカー
Go! Go! 走れ 若い二人の夢のせて

『Go! Go! レンタカー』田辺靖雄・中尾ミエ(作詞:安井かずみ)

「若い二人の夢」を乗せて走るのはレンタカー(笑)。とはいえ、この曲の発売は1966年だから、日産サニー、トヨタ・カローラという、低価格のファミリーカーが競い合って登場した、「マイカー元年」に当たる年。数年後、この二人が結婚したらきっとカローラを買い、郊外のニュータウンにマイホームを手に入れ、子どもを産む。そんなライフコースを辿るであろう、ベビーブーマー世代の青春時代が込められている。

この10年後の1976年に、発表されたのがユーミンの『中央フリーウェイ』。ハイファイセットも唄いました。


間奏のアレンジがとてもキラキラした名曲。

この歌の肝は、中央自動車道を「中央フリーウェイ」と言い換えたところ。実在の風景を、言葉と描写と音楽のアレンジによってまるで日本ではないかのように見せてしまっている。とはいえ、たしかに夜の中央自動車道は周囲も暗く、本当に夜空に続く滑走路のような風景が味わえる。結構好き。

『Go! Go! レンタカー』とは違い、この歌の二人には倦怠感も垣間見られる。あとレンタカーではなく、ちゃんと所有している車なんだろう。この歌はクルママニアの松任谷正隆と結婚前に、自宅までクルマで送ってもらっていた実体験がモデルになっているのだから。MGかアルファロメオあたりの小型オープンカーのはずだ。

緑の中を走り抜けてく真紅(まっか)なポルシェ
ひとり旅なの 私気ままにハンドル切るの

『プレイバック part2』山口百恵(歌詞:阿木耀子)

この歌がよく取り上げられたのは、男性に従属しない女、主体性を持ったヒロイン像。つまり、助手席ではなく、自分でハンドルを握り、しかもポルシェに乗る主人公という部分が言及された。

途中で巻き戻ししたりするおもしろい歌詞。

阿久悠なんかがもっとも意識的にやったのだけど、70年代の歌謡曲は男女の従属関係、権力関係が意識的に歌詞に登場した時代でもあった。だけど、80年代になるとそんな空気 も薄くなる。

次は、おニャンコクラブの自動車歌謡『国道渋滞8km』。これ超好き。名曲。アルバム収録曲で、スタンダードとは言えないけど。エンジン音のSEから始まる自動車歌謡には数あれど、これは異色。なんと渋滞を歌っている。

シチュエーションは、はじめてのドライブデート。1日ドライブしたあと、都心まで送ってもらう。つまり、ヒロインは、都心住まい。だけど、帰りに首都高で8キロの渋滞につかまる。自動車の普及数の予測という、都市計画のもっとも根本部分に不備が露呈した時代のアンセム。というわけではなく、ヒロインは渋滞のおかげで一緒にいられる時間が延びてよかったという健気な女の子。ちなみにクルマはカブリオレタイプだそうだ。

さて、90年代にドライバーシートを巡る男女の位置の入れ替えを歌ったのは小沢健二である。

彼を迎えにでかけて
もう1時間 待ちぼうけ
カローラIIはその時
私の図書館

『カローラⅡにのって』小沢健二(歌詞:佐藤雅彦・内野真澄・松平敦子)

これは1994年のカローラⅡのCM。車種のターゲット的に女性向けなので、まあ当然こういう歌詞になるのだ。

とはいえ、90年代初頭に宮沢りえがダイハツ・オプティのCMに出て以降、クルマのCMに女性が出てきて女性にアピールするCMが急速に増えていったのも事実だろう。自動車の国内新車販売台数のピークが1990年。国内市場の飽和に危機を感じた自動車業界は、新しい購買層の開拓し始めたのだ。

日本の自動車産業に大きな変化が起きたのは、この90年前後のこと。エスティマの登場にはじまるミニバン主流の時代に突入。

トヨタは、スポーツカー離れする若者を狙って新しいシティユースRVの市場を開拓する。団塊ジュニア世代の代表選手で、まだブレイクしはじめの22歳の木村拓哉を起用したRAV4がそれ。この1994年は、キムタクが『anan』の「好きな男ランキング」ではじめて1位を獲得した年でもある。
その後も木村はトヨタのCMに出演し続けることになる。ただし、車種は変わる。その後は、カローラのスポーツタイプであるカローラ・フィールダーに登場。国民的アイドルグループSMAPのフロントとして、国民車のCMに出ているという構図。

90年代末以降のポップミュージックにおける自動車の扱われ方の変化も見ておこう。

例えば、1998年に『夏色』で登場したゆずは、「♪この長い長い下り坂を 君を自転車の後ろに乗せて ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってく」と、自転車の歌でブレイクしている。70年代のフォークもあまり、自動車が出てこなかったし、これはジャンル特有の問題なのかもしれないが。

くるりには、『ハイウェイ』という曲があるが、この歌は「♪車の免許とってもいいかな」と、運転免許証すら未取得の主人公の歌である。まあ、くるりの岸田は電車オタクなのでしかたがないが。

とりあえず、思いつきではありますが、自動車とポップミュージックを巡る話を書き留めてみました。

2010年5 月 3日 (月)

照明器具の違いとして描かれた昭和の生活レベル このエントリーをはてなブックマークに追加

東芝ライテックは、CO2排出量の削減のため、白熱電球の製造を17日をもって中止すると発表した。今後は、消費電力の少ない電球型蛍光灯やLEDといっ た省エネ型の照明に移行する。

 同社は2008年4月に、白熱電球の生産を2010年に廃止する旨を発表。他メーカーでは2012年に製造を中止するところが多いな か、予定通り2010年に生産を中止する。 http://kaden.watch.impress.co.jp/docs/news/20100317_355270.html

 2010年の3月をもって、東芝は約120年間に渡り販売してきた白熱電球の生産を中止した。そんな白熱電球は、流行歌の中に“裸電球”としていく度も登場してきた。


『大阪で生まれた女』(作詞・作曲・BORO)は、`79年の萩原健一のヒット曲。主人公は女性。大阪を愛する彼女は、大阪を離れ東京に出るんだという彼氏との別れを意識する。だが結局、彼女は男に付いていくことになる。

たどりついたら 一人の部屋 裸電球を
つけたけど 又 消して
あなたの顔を 思い出しながら
終わりかなと 思ったら 泣けてきた
大阪で生まれた女やけど
大阪の街をでよう
大阪で生まれた女やけど
あなたについてゆこうと 決めた

作詞:BORO

彼女の方針変更のきっかけは、裸電球だった。部屋でひとりきりになる寂しさを知った彼女は彼氏を追いかけて大阪を離れることを決意するのだ。


`74年にかぐや姫が歌った『赤ちょうちん』(作詞・喜多条忠)でも、「♪あのころふたりの アパートは裸電球 まぶしくて 貨物列車が 通ると揺れた ふたりに似合いの 部屋でした 覚えてますか 寒い夜 赤ちょうちんに 誘われて おでんを沢山 買いました」と、同棲カップルが暮らす部屋に“裸電球”が描かれる。


`87年に長渕剛が歌った『泣いてチンピラ』は、夢を持って上京した男が「紙コップの味噌汁」をかじる貧乏暮らしを営む歌だ。

「♪紙コップの味噌汁をかじれば 天井が笑う 裸電球 ぶら下がった部屋で
忍び泣いてる女は なお哀しくて ああ爪を噛んで 強くお前を抱きしめた」

歌謡曲における「裸電球」とは、貧乏、同棲と常にワンセットなのだ。

これら歌謡曲の世界の「裸電球「と暗に対比されているものは蛍光灯だろう。家族が一緒に生活するリビングルームを照らす明るい蛍光灯と、淋しい四畳半一間を照らす裸電球。幸せの在り方が、照明器具の違いとして暗にというか煌煌と対比されているのだ。

こうした対比の図は、現代のファミリーにはあまり適用できない。蛍光灯が灯る居間に集まる家族団らんの図とは、現代人の生活にとっての標準的な幸せとは言い難い。それどころか、そもそもいまどきのリビングは、むしろ間接照明に彩られているので、裸電球が用いられているはずだ。

白熱電球の生産を止めた東芝は、LED電球の生産にシフトした。LED電球が歌謡曲に登場するかどうか、それは微妙。

2010年3 月12日 (金)

コリー・ハイムと1980年代の青春映画と『シャコタン☆ブギ』 このエントリーをはてなブックマークに追加

コリー・ハイムが亡くなったそうだ。まだ38歳だった。

10代で映画デビューし、「ルーカスの初恋メモリー」「ロストボーイ」など80年代の作品の少年役で活躍。近年、薬物乱用歴を大衆紙などで告白して注目を集めた。コリー・ハイム氏死去 カナダ出身の俳優(共同通信)

僕は中学高校時代にはよく1人でアメリカのハイスクールもの青春映画を観に行っていた。コリー・ハイムとコリー・フェルドマンが共演した『運転免許証』(1988)という映画と、『フェリスはある朝突然に』(1986)は、当時とても好きな作品だった。前者はDVD化されてないので、15歳の時に見たきりではあるけど。

『フェリス~』の主役マシュー・ブロデリックは、先週のアカデミー賞授賞式に、ジョン・フューズの追悼枠で登場していて、ふけたなあと思ったらなんと47歳。フェリスのころがもう20代半ばだったと知って驚いた。

さて、この両映画、どちらもハイスクールライフと自動車という、アメリカの青春映画の二大定番アイテムが描かれる。『運転免許証』は、免許試験に落ちた高校生の2人が、コリー・ハイムのおじいちゃんのキャデラックを拝借してガールフレンドとデートに行く話。『フェリスはある朝突然に』は、お調子者のフェリスが、学校をさぼって父親の自慢の古いフェラーリを拝借し、ガールフレンドとナード風の友人とシカゴの都心に遊びに行く話。

どちらの作品にも共通するのは、
1,大人とは大切な車を所有しているものである
2,それをかすめ取って乗ることが少年の試練である
3,そして、その目的は、ガールフレンドとのデートである

という点。少年が大人になるための儀式、通過儀礼として自動車を盗む。ちなみに、この視点を逆転させて、大切な車を盗まれそうになる大人の立場というのを描くと『グラントリノ』になる。

一方、1980年代の日本で始まった漫画が『シャコタン☆ブギ』(1986~)である。高校の先輩後輩の関係であるハジメとコージ。ダブりの高校生で、免許を持っているハジメが、ソアラを買うところから物語は始まる。ソアラは、値段も高いラグジュアリーカーとして登場したが、むしろ当時の若者たちの間で売れたクルマだった。しかも、走り屋系、ナンパ系の両者に人気があった。その高級車を、ハジメは、「高校出たら本気で百姓する」と親をだまして買ってもらったのだ。

主人公2人が、このソアラを駆ってナンパに出かけ、恐い不良たちにからまれるというのが、この漫画の基本線。絵を見ずに、プロットだけを取り出してみると、80年代のアメリカのハイスクールものの定番とよく似ていることがわかる。『シャコタン☆ブギ』第1話の冒頭、コージが原動機付き二輪に乗ってやってくるが、これは『アメリカン・グラフティ』(1973)の冒頭を意識しているのかもしれない。めちゃめちゃ日本的、超ドメスティックなクルマ好きの若者たちの世界を描いたように見える本作も、実はアメリカ青春映画を下敷きにしていたのだと思う。

アメリカだけでなく、日本でも自動車を巡る青春ものが作られるようになったのが1980年代という時代である。そのころの両国の自動車産業は、真正面からぶつかっていた。日米貿易摩擦の時代である。2度のオイルショック、イラン革命を経て、ガソリンが高騰。でかくて燃費の悪いアメリカ車の時代から、小型で燃費がいい日本車の時代になりつつあった。デトロイトを始め、米の自動車産業は空洞化し、日本車がたたき壊される映像などを見たのを覚えている。こうしたジャパンバッシングを受け、日本の自動車産業は積極的に米の現地工場での生産を始めるようになっていった。

ちなみに、先日休刊した『NAVI』が創刊されたのも1984年のこと。いまどきは、若者のクルマ離れが囁かれるようになってもう久しい。青春と自動車は、もう結びつかないものになり、雑誌などで、「隣に乗せてドライブしたい女性タレントは?」みたいなアンケート項目を立てても、もう成立しないのだろう。そんな日本とはうって変わって、いまどきは、インドや中国で、自動車が登場する青春映画なんかが作られていたりするかもしれない。

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2009年12 月15日 (火)

コーヒーと恋愛、及びその受容とたまにイノベーション このエントリーをはてなブックマークに追加

恋は 私の恋は 空を染めて燃えたよ
夜明けのコーヒー ふたりで飲もうと
あの人が言った 恋の季節よ

『恋の季節』作詞:岩谷時子

決定版 今陽子とピンキーとキラーズ

ピンキーとキラーズのデビュー曲『恋の季節』には、「夜明けのコーヒー」という歌詞が登場する。男は口説き文句として「夜明けのコーヒー」を一緒に飲もうと女を誘う。喫茶店のモーニングに誘っているわけではない。朝まで部屋で一緒に過ごそうという大人の口説き文句だ。
ピンキラは`68年にボサノバを歌うグループとしてこの曲でデビュー。もしかしたら、コーヒーが登場するのはボサノバ=ブラジルのつながりもあるのかもしれない。

この歌詞からはカップルが飲んだコーヒーがドリップ式なのかインスタントだったのかの推測は出来ないのだが、きっと後者である。なぜなら、この曲は発売される前年に、インスタントコーヒー界における革命『ネスカフェ・ゴールドブレンド』が日本で発売されていたからだ。

フリーズドライ製法を使った本格的なインスタントコーヒーの皮切りがこの『ネスカフェ・ゴールドブレンド』だった。「違いがわかる男の」というキャッチコピーと“ダバダ~♪”のCMソングは「目覚め―ネスカフェ・ゴールドブレンドのテーマ」長きに渡って使われているので、知らない人はいないだろう。

常にコピーとともにコーヒーにうるさいイメージの文化人を毎年起用するこのCMの初代は映画監督の松山善三で、遠藤周作や北杜夫も出演。ただし、「違いがわかる男の」というコピーは、現在「違いを楽しむ人の」に変わっている。ただし、このシリーズで最初に起用された女性は版画家の山本容子で、シリーズ開始から29年目の1999年のこと。

さて、『恋の季節』からちょうど30年後にあたる、1998年。モーニング娘。は『モーニングコーヒー』でデビューする。そのデビュー曲にも、コーヒーが題材として取り上げられている。

ねえ はずかしいわ (ドキドキ)
ねえ うれしいのよ (してる)
あなたの言葉
「モーニングコーヒー飲もうよ 二人で」
(Yes) 門限どおりに
(Yes) うちに送ってくれる
(Yes) 私より弱虫ね
(Stop) 時間が来るまで
(Stop) ぐるぐると遠回り
(Stop) くちづけも出来ない人

叱られたって かまわない
あなたについてゆくと決めた
なのに 急じゃ (こわい)

『モーニングコーヒー』作詞:つんく
モーニングコーヒー

しかも、ここで描かれるのも、“モーニングコーヒー飲もうよ 二人で”という、男からの口説き文句である。この男は、普段彼女“門限どおり”に送って届けるまじめな男のようだ。そんな彼に突然大胆な告白をされ、ドキドキする女の子の心模様が歌われる。

門限がある実家暮らしの女の子で、「叱られたって かまわない」というくらいなのだから、ここでのモーニングコーヒーは、外である。ホテルからの初めての朝帰りというシチュエーションなのだろうか。

そうだとしたら、この2人が飲んだモーニングコーヒーは、まだ当時、シアトルから上陸して間もないスターバックスコーヒーだった可能性がある。スタバの日本進出は`96年。銀座が1号店だった。そして、この曲が発売された98年から99年にかけて国内の店舗数を18から52店舗へと急増させている。そこからスターバックスは、あっという間に普及していった。

コーヒーの進化・イノベーションは、歌謡曲の恋愛の場面において、さりげなく登場し、ある種の役割を果たしているのだ。

さらに、ピンキーとキラーズとモーニング娘。の両デビュー曲のちょうど中間にあたる1983年。尾崎豊のデビュー曲『15の夜』に登場するのは“缶コーヒー”だ。

冷たい風 冷えた躰 人恋しくて
夢見てるあの娘の家の横を サヨナラつぶやき走り抜ける
闇の中 ぽつんと光る 自動販売機
100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ
恋の結末も解らないけど
あの娘と俺は将来さえ ずっと夢に見てる

『15の夜』作詞:尾崎豊

卒業/15の夜

15歳の少年が夜中に家出を敢行する。そして、(おそらくは)片思いの少女の家の前を通り「サヨナラ」と独りつぶやく。周囲は真っ暗だが、少年はぽつんと光る自販機を見つける。
「100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ♪」と続く。

少年の不安な心は缶コーヒーによって暖められる。はかないその場限りのぬくもりであることが、「100円玉で買えるぬくもり」という歌詞で表現される。15才にとっての缶コーヒーとは、ちょっぴり大人への背伸びという感情も込められているのだろう。

これを`65年生まれの尾崎の15才の頃の体験と仮定するなら、舞台設定は1980年ということになる。当時はまだコンビニも少なかった時代である。セブンイレブンの店舗数でいうと、現在の32分の1程度。外が寒いからといって、コンビニに寄っておでんでも買おうかという時代ではないのだ。

自動販売機に缶コーヒーが登場したのは1969年のこと。3年後の1972年にはホット用の自販機も登場している。しかし、缶コーヒー史における最大のイノベーションは、1976年に登場した「ホットアンドコールド自動販売機」だろう。この機種の登場以後、冷たい缶ジュースと温かい缶コーヒーを一緒に販売できるようになり、缶コーヒーは急速に普及することになった。

寒い夜に一人で家出する尾崎の孤独を暖めた缶コーヒーは、こんな技術革新を背景にしたものだったのだ。

ちなみに、缶飲料の価格が110円になったのは、尾崎が死んだ`92年のこと。100円玉1枚では温もりすらも買えない時代は、ここから始まったのである。

続く(かな?)

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2009年5 月 7日 (木)

なんちゃってジョニー・デップの世界 このエントリーをはてなブックマークに追加

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かつて、ジョニー・デップほど日本人に真似されるハリウッドスターが、これまで存在しただろうか。ヴィンセント・ギャロほど極端ではなく、適度に個性的で、わかりやすい小道具を使うから変装気分を味わえる。そんなところだろうか。

北島はこのあと、もう少しヒゲを伸ばしている。なんちゃってジョニー・デップは他にもkinkiの左側の人とか、日本代表のDFの人なんかにもいるが、ネタ的にいい写真が見つからなかった。

 

2008年5 月25日 (日)

ケータイ小説と書店流通のファスト風土化 このエントリーをはてなブックマークに追加

 

ケータイ小説書籍のメイン読者は、地方都市……例えば北関東
『On the Road』あるいは『前略、道の上より』<三十路でアニメ>

【関連】ニヒリズムを越えて<葉っぱの「歩行と記憶>

ケータイ小説が地方で売れているというのは、多くのケータイ小説論が口を揃えて取りあげていることだけど、これと接続して考えるべきなのは、小田光雄がここ10年、出版界の片隅で唱え続けてきた書店の郊外化論、つまり、書店流通の世界のファスト風土化の問題のはず。

小田光雄の『出版社と書店はいかにして消えていくか―近代出版流通システムの終焉』によると、80年代以降、都市型の書店が1万店舗つぶれ、かわりに郊外型書店が1万店舗新規出店しているという。

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2008年1 月11日 (金)

新風舎問題問題 このエントリーをはてなブックマークに追加

一部の新聞は、経営悪化について、「訴訟が相次ぎ」という言い方をしているが、むしろこの問題で語られるべきは、「訴訟が相次がなかったこと」にあると思う。

去年の7月に元大学教授ら3人、11月にさらに2人と、それだけだったはず。

なぜほかの人たちが訴訟騒ぎに便乗しなかったかというと、他の多くは自分が被害者だとは思はなかったからだ。

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2008年1 月 9日 (水)

監視カメラ時代のフィクション このエントリーをはてなブックマークに追加

この辺は当然意見が分かれるところだろうが、私は監視カメラは極力多用されるべきではないと思う。コンビニとか本屋などが自分の店を防衛するために設置するのは理解できるし、犯人をとっ捕まえるためならそれを警察に見せることも納得できる(面白くはないが)。しかしそれをメディアや警察の啓蒙用として使用されるのには納得できない。ましてやそれで取材協力費といった金まで得ていたとしたら問題のような気がする。
監視カメラのルール - 深町秋生の新人日記

最近の犯罪報道には欠かせない存在となっている監視カメラの映像を巡る問題を、小説家の深町先生が取り上げているのがおもしろい。

今後も監視カメラは増えるのは間違いないし、僕は監視カメラ映像は肯定派。そうじゃなきゃニュースを見てももう納得できなくなってる。規制は反対。ちなみに僕は去年こんなことを書いた。

そのころには防犯カメラを設置するセキュリティ会社が、マスコミに犯罪や自己映像を転売するビジネスモデルが確立しているはず。これは儲かりそう。もしくはCNNがセキュリティ会社をがんがん買収してたりする。
『劇場型犯罪4.0』

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著書

about::フリーランス編集者・ライターの速水健朗のブログ。ディスコや歌謡曲などについて。

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